第16話

 季節は夏、今日から一週間祖父の屋敷に泊まるのだ。毎年、学校が長い休みに入ると訪れていて皆楽しみにしていた。都会で生活していた三姉妹にとってこの場所は、興味を引く物がたくさんありとても大切な場所だった。


行く度に新しい発見があり楽しい思い出をたくさん作る事ができる。今回もそうなるはず、誰もがそう信じていた。


「おじいちゃん、お庭のお花見てもいい?」


お菓子を食べ終わった柚華が訊いた。


「いいよ、ゆっくり見ておいで」


「りょうかもいくー!」


「華那子ちゃんは?」


「わたしも行く、どんなお花が咲いてるか気になるから」


三人はソファーから立ち上がり庭へ向かった。


 玄関を開け、外に出ると姉妹たちはすぐに花の香りに包まれた。


「いい香り…」


屋敷に来た時と同じことを柚華が言う。


「かおりー?」


やはり理解できていない妹は不思議そうに声を上げた。そんな涼華の手を取り柚華は言った。


「ちょっとこっちに来て」


近くに咲いていた花の所へ連れて行く。


「顔を近づけてみて」


言われた通りに顔を近づけた。


「どう?」


「いいにおいがする!」 


妹が笑顔になったのを見て姉もほほえんだ。


「このおはな、たべられるのー?」


「ううん、食べられないよ。でもね涼華ちゃん、お花はね目と鼻で楽しむから食べられなくてもいいんだよ」


「めとはなー?」


「うん、お花の色や形、そして香りを楽しむんだよ」


「ふーん…」


またもや理解できていない妹を見て姉はふふ、と小さく笑った。


「涼華ちゃんにもそのうちわかるよ」


「うん!」


元気な返事に柚華は頷き華那子の方を見た。次女は何かを探すようにきょろきょろと庭を見回している。


「どうしたの?」


「あ、いや…。探してるお花があって」


「何てお花?」

 

「えっと…。たしかポーチュラカって名前だったかな」 


「ポーチュラカ?」


柚華は広い庭を見渡すと花壇を指し示した。


「あのお花だよ」


三人で花壇に近寄る、そこには赤、白、黄、紫と様々な色をした小さな花がたくさん咲いていた。


「かわいい…」


華那子がそう呟く。


「うん、ポーチュラカは小さくて色もたくさんあるから、かわいいお花だよね」

 

「おねえちゃんってお花に詳しいんだね」


「好きだからね。将来はお花屋さんになりたいんだ」


それから少しの間無言が続いた。涼華はポーチュラカの香りをかごうとしきりに顔を近づけている。


「…おばあちゃんが好きなお花だったの」


突然華那子が話し出した。


「マフラーの作り方を教えてもらってる時に話してくれたの。毎年夏になるとポーチュラカが咲いて、それを見るのを楽しみにしてるって」


「そうだったんだ…」


長女は遠くを見るような目になった。


「わたしは、おばあちゃんとそういう会話、あんまりしなかったかもしれない。ここに来るといつもお花ばっかり見てたから…」


「おねえちゃん…」


何て言えば言いのか華那子が困っていると代わりに涼華が声を上げた。


「おばあちゃん、てんごくでもおはなみてるかな?」


「え?」


二人の姉は声を出し、妹を見た。


「てんごくにもこのおはな、あるといいね!」


あどけない表情でそう言われて、張り詰めていた空気は次第に消えていった。


「…そうだね、あるといいね。おばあちゃん、絶対喜ぶ」


「あるに決まってるよ!こんなにかわいいお花なんだもん!」


姉を励ますように華那子は元気な声で言った。


「お昼ごはんにするから戻ってきなさーい」


開け放した窓から母の声が聞こえる。


「はーい!」


三人揃って大きな声で返事をした。戻る途中、次女は気づかれないように姉の横顔を見る。いつもと変わらない元気そうな顔をしている。自分のせいで姉は落ち込んでしまった、と気にしていた華那子は少しほっとした。


安心したところでもう一度、祖母が好きだった花を見ようと振り返る。そして足が止まった。


「あれ…」


花ではないものが目に映ったのだ。しかしそれは瞬きをすると消えていた。


「どうしたの?」 

 

柚華が気づき声をかける。


「今、誰かいたような…」


「え?」


残りの二人も華那子が見ている方に目を向ける。


「誰もいないけど?」


「確かにいたんだけど…きのせいかな…」


「どんな人だったの?」


「白髪のおばあさん」


「おばあちゃん?」


涼華が訊いた。すると次女は首を振る。


「ううん、違う人だった」


立ち止まって見ていると再び母の声が聞こえた。


「早く来なさーい」


三人は慌てて屋敷の中へ戻った。


 その日は何事も無く過ごした。初日ということもあり、皆遅くまでおしゃべりを楽しんだ。そのためか、次の日涼華が目覚めたのはお昼頃だった。


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