第32話
霊媒師にお礼を言い、外に出る。青井さんは?と思ったがちゃんと表で待っていてくれた。
「それでは、また明日お待ちしております」
見送りに来てくれた住職が言う。涼華も深く一礼し、その場を後にした。
坂道を下りながら、和室で号泣した時のことを思い出す。青井さんが背中をさすってくれたおかげで落ち着きを取り戻すことができた。そうじゃなかったら、今でもあの部屋で泣き続けていたかもしれない。
少し前を歩く彼の後ろ姿を見つめる。
「あの」
涼華が声をかけると、青井は立ち止まり振り向いた。
「どうした?」
「……」
言いたい言葉が出てこない。なんで…?霊媒師さんにはちゃんと言えたのに。彼にだって和室で正座を崩す時には言えたのに…。
「どうした?」
「いや…ご飯とかどうするのかなって…」
結局違うことを言ってしまった。確かにお腹は空いているけれども…。
「え?」
「その…朝食とか食べてなくて」
今は九時を過ぎたところ。これから食べるとなると、遅めの朝食ということになるのかな。ってそういうことじゃなくて。
「旅館にはあらかじめ朝食を少し遅らせてもらえるように連絡しておいたから、心配しなくていい」
「そう…ならいいんだけど…」
再び歩き始める。言わないといけないに言えない。もしかして認めたくない自分が心のどこかにいるのかな…?あんな姿を見られてしまったということに対して。
大声で泣いているのを、しかも余り親しくない男性に。考えれば考えるほど恥ずかしくなってきた。道路を渡り旅館の前まで来る。
泣き顔まで見せてしまった。涙は収まっていたとはいえ顔は濡れているし、鼻水まで…。彼が自分より先に歩いてくれていて良かった。今は顔が真っ赤になっているだろうから…。
中に入り部屋のところまで来ると、青井は突然振り向いた。涼華は慌ててうつむき顔を見られないようにする。
「食事は朝も夜も部屋に持ってきてもらえるから、あと風呂は部屋の中に温泉がついてるからそれに入ってくれ」
「わかった…」
彼女が返事をすると青井はさっさと部屋に入っていった。涼華もバッグから鍵を取り出し自分の部屋に入る。扉を閉めたところで深くため息をついた。やっと一人になれた…。まだ少し顔が火照っている、今度は見られなくて良かった。
畳に楽な姿勢で座って休む。窓の方へ目を向け、ぼんやりと景色を眺めた。良く手入れされている庭に可愛らしい花がいくつも咲いている。祖父の庭もこんな風に花がたくさん咲いていたっけ。旅館と違って洋風だったけど本当に綺麗だった。
でも、当時の自分はその素晴らしさが理解できていなかったのよね…。今だって花の事はそんなに詳しくはない。目の前で咲いている花の名前も知らない。柚華お姉ちゃんなら、みんな答えられるんらだろうけど。これまで辛い事しか思い出せなかったのに、今は楽しかった事や美しかった物が頭に浮かんでくる。
「失礼いたします」
扉がノックされた。いきなりだったため涼華はちょっとだけ驚く。
「お食事をお持ちいたしました」
「あ、はい。どうぞ」
急いで正座になった。扉が開き中居さんが料理が載ったお膳を運んでくる。旅館で食事をするのは修学旅行の時以来なので、何だかちょっと緊張している気が…。いや、緊張する必要はないんだけれども。
お膳を彼女の前に置くと中居さんは微笑みながら言った。
「夕食をお持ちした際に、お済みのお膳をお下げいたします。何かご不明な点がございましたら、そちらのお電話にてフロントまでおかけ下さい」
背後に置いてある電話機を手で示される。
「わかりました」
「それではごゆっくりどうぞ」
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