第33話

 並べられた料理を見ると色々な物があって何だか嬉しくなる。どれもこれも普段は食べないような、見ないような、手の込んでいるというのはすぐにわかる。どれから食べよう…。


時間をかけて、しっかりと味わい、一品も残すことなく完食した。


「ふぅ…」


小さく息を吐き一息つく。と言ってもこの後何かするわけじゃないんだけど。再び窓の方に顔を向ける。改めて見てもやっぱりきれいな庭と可愛らしい花だ。少し前に号泣したのが夢ではないのかというくらい穏やかな気分になり、眺めているとだんだんまぶたが重くなってくる。


食べた後は眠くなるのは当たり前だが、社会人になってからの彼女は余りにも多忙だったため、そういう感覚は忘れかけていた。


脱力し畳に横になった。ちょっとだけ寝よう…。


 次に彼女が目を覚ましたのは四時を過ぎたころだった。目覚めてもすぐには起き上がらず、横になったまま沈んでいく夕日を眺める。


こんな風に意識して見たことは一度も無かった。ずっと心に鍵をかけて閉じこもり時間が過ぎるのを待つだけだった。自然界の動きは頭の片隅にも無い、時計があれば時間はわかるし、学校も会社も予鈴が鳴るから特に不便はしない。


太陽の動きを気にしなくても生活はできるのだ。だけど今この時は太陽が無くてはならない存在に思える。ただ無意味に光っているだけだと思っていたのに、自分の心までは照らせないと思っていたのに…。


 日が完全に沈んでしまい空からオレンジ色の光が消えてしまった。涼華は体を起こすとバッグからスマホを取り出し、電源を入れた。画面には四時四十分と表示されている。


ちょっとのつもりがかなり寝てしまった。そのおかげて寝不足という感じは全く無い。


「どうしようかな…」


夕食は七時くらいだとして、それまであと一時間以上ある。何をしていればいいのやら…。やる事が無い、そう思った時、ふと気づく。そういえば電車やバスの中、そして今もやることが無いって思ったけど、それって社会人になってからは経験したことが無いんじゃ…。


自然に笑みが浮かぶ。やる事が無い、つまり何もやらなくていいんだ。嫌な上司からも、こなし切れない量の仕事からも解放されたのだ。昨日は無断欠勤だったけど今日は日曜日、最初から休みの日。


毎週寝て過ごすだけだった日が、今日は違う。ちっとも眠くない、これからは自由な時間なのだ。ゆっくり部屋を見渡した、するとテレビを見つける。窓の方ばかりに気を取られていたから気づかなかった。


せっかくだから点けてみようかな。リモコンを手に取り電源ボタンを押した。テレビを見るのはいつ以来だろうか?たしか火曜日も点けたけど、それは日付と曜日を確認するためだったからすぐに消してしまった。


しばらくチャンネルを回し、ニュースで止める。久しぶり、というのが理由かどうかはわからないけど、いきなりバラエティ番組を見る気分にはなれない。


日本や世界で起きた様々な出来事が流れている。良いニュースもあれば、もちろん悪いニュースもある。前々から騒がれていた事もあるようだ。でも自分はこういった時事は全くわからない。会社に縛りつけられていたため、気にする暇も無かったのだ。


一人世の中の流れから取り残されている気がして虚しくなってしまう。しかし次のニュースを聞き、それも忘れてしまった。


「次のニュースです。会社で上司からのパワーハラスメントが原因で体調を崩したり、自ら命を絶つ社員が増えてきています」


目が丸くなった。自分の事を言われている気が…。いや、自分の事なのだけれども。今まで以上にテレビに意識を向けた。アナウンサーは会社でどのようなパワハラが行われているかを伝えている。


違法な残業や、こなせるはずの無いノルマなど、聞けば聞くほど思わず頷いてしまうものだった。


「本当に、何でこんなことになってしまったのか…。あんな会社、さっさと潰れればいいんですよ…!」


テレビに亡くなった社員の遺族と思われる人がインタビューされているのが映し出された。目に涙を浮かべながら話している。わたしもあの時自殺してたら、お父さんとお母さんは泣いたのかな…。


たとえ血が繋がっていなくても、自分のことを大切に育ててくれた人たちが泣くのを見るのは、幽霊になった後でも辛かっただろう。青井さんが自殺を止めてくれたことを、初めて感謝できた。


目的は悪霊退治だったけど、自分を助けてくれた事は変わらないのだ。ちゃんとお礼をしないと…。そこで忘れかけていたことを思い出す。そうだ、背中をさすってくれたことにもお礼を言わないと。

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