第34話
「失礼いたします」
扉がノックされる。
「お食事をお持ちいたしました」
「あ、はい。どうぞ」
テレビを消し、正座になった。午前中と同じ中居さんがお膳を持って入ってくる。
「お済みのお膳をお下げいたします」
前のお膳が下げられ、新しい物が置かれた。
「こちらのお膳はお布団を敷に参りました際にお下げいたします。ご希望の時間帯はございますか?」
「えっと、十時くらいにお願いします」
温泉にゆっくり入りたいのでこの時間にした。
「かしこまりました。十時頃にお伺いします。何かございましたら、フロントまでお電話ください。二十四時間対応しております」
「あ、はい。わかりました」
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
微笑みながら言われる。
再び一人になり、食事を始めた。朝…昼と言うぺきかな、食べた物とは違う料理でこれもまた美味しそう。時間をかけて、しっかりと味わい完食した。
食事の後は温泉に入り、疲れを癒やす。初めての露天風呂、ちょうど良い湯加減でしかも周りには誰もいない…。一人でこんな贅沢していいのかな。
本当は父と母の三人で家族旅行がしたいのだ。親孝行がしたいのに、仕事が忙し過ぎてできない。大人になった自分を見てもらいたいのに、逆に心配ばかりかけてしまっている。そんな自分が情けなくて仕方ないのだ。
二人だけでも行ってもらおうかな、自分は行けなくても旅行代や宿泊先とか、わたしが用意して…。とも考えたが、母の言葉が頭を過る。
「いつか、三人でどこかに旅行にいきたいわね」
三人で…。それが叶う日はいつになるんだろう。自分がいなくても旅行には行ける、しかしそれは母の希望とは違うのだ。両親が納得する形でなければ親孝行とは言えない。
しばらく考えていたが落胆し、小さくため息をついた。仕方ない、今は保留にするしかないみたい…。
頭を空にし、今日の事を振り返る。特にお寺での事を。あの悪霊は祖父の屋敷欲しかった、と確かにそう言っていた。そのためにわたしの家族をー。
再び怒りがふつふつと湧いてきた。だめだ、落ち着かないと。深呼吸をして何とか感情を沈める。
悪霊は祖父のことも病気にした。でも誰もそのことに気づかなかった。気づくはずない。誰にも見えないし、そんなのがいるとは夢にも思わなかったから。
…いや、違う。二十年前、華那子お姉ちゃんが庭で言った事をおもいだした。
「今、誰かいたような」
柚華お姉ちゃんが
「どんな人?」
と訊くと
「白髪のおばあさん」
と答えていた。
自分が自殺しようとした時に見た悪霊も白髪だった。もしかしたお姉ちゃんが見た人ってあの悪霊だったんじゃ。
そういえば柚華お姉ちゃんも怖い夢を見たって言っていた。亡くなった祖母がいて、近づくと怖い顔で何度も早く帰りなさい、と言われた夢。
祖母は悪霊からみんなを守ろうとして姉の夢に出てきたのかな…。そう思うと今度は悲しみが押し寄せてきた。
誰にもどうしようもない事だけれど、生き残ったのはわたしと柚華お姉ちゃんだけ。あの悪霊が全部悪いんだ。
その時、あることに気づく。
悪いのは悪霊で他の人や物はなにも悪くない。祖父の屋敷も、父も悪くないのだ。今まで思ってきたことが、間違いだったと気づいたのだ。
あの屋敷は祖父の宝物で、隅々まで手入れされていた。だからこそ自分たちが遊びに行くと、毎回当たり前の様にたくさんの花が美しく咲いていて、屋敷の中もホコリや汚れが一つも無かったのだ。
心を覆っていたモヤが完全に消えた気がした。
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