第35話
温泉を出て部屋に戻り時間を確認すると、九時を少し過ぎたところ。ちょっと長湯したかなと思ったが、久しぶりに湯船に浸かったので仕方ない。
それから何もせず、ぼーっとしていると扉がノックされた。
「失礼いたします、お布団を敷きに参りました」
「あ、はい。どうぞ」
もうそんなに経ったのか。
「少々お待ちください、すぐにご用意いたします」
慣れた様子で素早く敷いていく。あっという間に終わってしまった。
「こちらもお下げいたします」
別の中居さんが言い、夕食のお膳を運ぶ。
「ごゆっくりお休みください」
扉が閉まり再び一人になった。布団は敷いてもらったけど、まだあまり眠くない。どうしようかな…。…そうだ、電話しないと。スマホを手に取り、電話帳を開く。青井の電話番号を確認し、通話ボタンを押した。
「はい」
「えっと、小野です」
「どうした?」
「明日のことなんだけれど」
「うん」
「何時に起きればいいの?」
「朝食を七時くらいに持ってきてもらうように言ってあるから、それまでに起きてくれればいい」
「わかった。それと、明日は何時にお寺に行くの?」
「十時くらいを予定してるけど、大丈夫か?」
「十時ね、大丈夫」
「それじゃあ十時に旅館の外で待ってる」
「わかった」
「他には何かあるか?」
「ううん、大丈夫。ごめんなさい、こんな時間にかけて」
「気にしなくていい。それよりゆっくり休んでくれ、長旅で疲れただろ?」
「あ、うん。ありがとう」
「それじゃあ俺も、もう寝る。また明日な」
「うん、また明日」
電話が切れ、涼華は小さく息を吐いた。緊張した…。午前中たくさん話をしても、改めて電話をすると多少なりとも緊張するものだ。眠気が引いてしまった気がする。
目をつぶっていれば眠くなるだろうと思い、まぶたを閉じる。しかし、どうも違和感を覚えて眠れない。…あ。目を開け、立ち上がり灯りを消した。危うく点けたまま寝るところだった。
翌朝、スマホのアラームが彼女の枕元で鳴る。布団から手を伸ばしスマホを引き寄せた。六時と画面に表示されている、予定通りだ。アラームを止め、涼華はゆっくりと起き上がった。今日こそは家族に会える。昨日と同じく朝から緊張感に包まれる。
窓に近づきカーテンを開けると、眩しい日差しに顔が照らされ暖かくなった。庭の草花も朝日を受けているためか、一層綺麗に見える。自分も、もう少し光を浴びていたいが七時に食事が来るので、ゆっくりしているわけにもいかない。
支度を済ませ、待機する。普段なら家を出て駅に向かって歩いている時間だ。朝食は食べない、会社に行くと考えただけで気分が沈み食欲が無くなってしまうのだ。しかし今は早く来てくれないかなと思っているくらいだ。
毎日がこんな風だったらいいのに…。自分がブラック企業ではなく普通の会社に入っていたら、どんな生活をしていたのかと色々と想像してみる。少なくともこんなにボロボロにはならなかっただろう。
両親に恩返しだってー。
「失礼いたします」
我に返り扉の方を見る。
「お食事をお持ちしました」
「あ、はい。どうぞ」
昨日と同じ中居さんが、昨日とは違う朝食を持ってきてくれた。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
一人になり食事を始める。今日のご飯も美味しいな。
「ふぅ…」
しっかり味わい完食し、ため息ついた。窓からは暖かい太陽の光が入って心地よい。食後の満腹感もあって、眠くなってきた。
待ち合わせの時間まで、まだ一時間以上あるしちょっとだけ寝ようかな。小さくあくびをして横になった。アラームをかけておけば大丈夫。設定を六時から九時に変更して目を閉じた。
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