第12話
城を出るときに受付の人に売店までどのくらい歩くのか訊いたら、大体三分くらいだと言っていた。和風の庭園のような場所を歩き売店を目指す。
城の展示品を見ていると、その時代にいるのではないかという気分になったが、ここでも同じ気分になった。自分はこの城のお姫様で今は庭を散歩中…。そんなことを想像する、しかし顔を下に向け自分の服装を見るとそれも消えてしまった。着物ではなくブラウスにスカートにパンプス、どう見ても現代の格好だ。
何だか場違いな気がするが周りの人に着物を着ている人はおらず、皆自分と同じく今風の服装をしている。ちょっと安心した。やっぱりほかの人もわたしと同じような事思ってたりするのかな。
きれいな花がたくさん咲いていて、所々に苔の生えた岩が置かれていて錯覚を起こしても仕方ない。それくらい見事な庭園だった。天守閣で見た景色とはまた別の素晴らしさを楽しんでいると売店に着く。当然かもしれないがこれも和風な佇まいだ。中に入ると人は少なく買い物をするにはちょうどよかった。
城が描かれたキーホルダーやペンなど様々な物が売られていて見ているだけで楽しい。何を買おうかな。じっくり見て回り、悩んだ末にキーホルダーを手に取った。他にもお菓子などの食べ物も売っていたが、小野はどちらかというとお土産を買うときは食べる物より、グッズなどの小物を買うほうが好きだった。もちろん中学校や高校の修学旅行では家で待つ両親にお菓子を買い、帰宅したらみんなで食べたりもした。あの時母は喜んで食べてくれて嬉しかったが、無口な父は自分からは感想を言わず、母に
「美味しいわよね?」
と訊かれて初めて
「ああ」
と答えるぐらいだった。本当は父にもっと喜んでほしかったので少し残念な気もしたが、今思えば一番嬉しかったのは父かもしれない。何種類かお菓子を買ったのだが、自分や母よりも食べていた。
言葉には出さなくても態度で示そうとしたのか、それとも単純に食べたかっただけなのかはわからない。でも、美味しくなかったらあんなに食べてくれないだろうから、父の口にあった物だということだけはわかる。
このお店には同じ物は売っていないが、父が好みそうな食べ物をいくつか置いていた。どうしようかな…。母は甘い物が好きだと普段から言っていたが父の好きな物はせんべいのようなしょっぱい物だ。両方買うには財布のお金が心許ない。うーん…。
しばらく悩んだ末に、自分の物だけを買うことにした。次来るときまでに何を買うのかある程度決めておかないと。そんな事を考えながら会計を済ませ店を出た。
傾いた日に照らされながら歩き、最後の目的地である公園を目指す。分かれ道までひきかえし、今度は左の方に行けば着くはずだ。どのくらいかかるのかわからないが、たとえ遠かったとしても歩いているだけで清々しいこの場所なら苦にならない気がした。美しく咲く花や和風の景色、こういったものを見ているだけで疲れを忘れることができる。何だか行く時よりも楽しいような。
そんな気分で歩いていたが、やがてあることに気づく。さっきから、あんまり人とすれ違っていない気が…。意識していた訳では無いので定かではないが、立ち止まって前を見通しても、振り返り後ろを見ても人は少ない。
特に家族連れは彼女の見える範囲にはいなかった。もう夕方だからみんな帰ったのかな…。少しだけ寂しかったが、和風の景色がそれを打ち消してくれた。落ち込んでる場合じゃない。そう自分に言い聞かせる。分かれ道にはあとちょっとで着く。でもそこから公園までどのくらい歩くのかわからない。
暗くなる前に行きたかった。早足になり目的地を目指す。本当はこの風景を眺めながらゆっくり歩きたいが、それよりも明るい内に公園に行きたいという気持ちの方が強かった。
あっという間に分かれ道まで戻り、左へ進む。少し歩くとこちらは城へ続く道とは違い現代風になっているのに気づいた。少し不自然な気もするが、昔の時代にいるという錯覚は無くなった。
そして歩き進めて四、五分で目的地に着く。驚いたことにそこには家族連れがたくさんいた。遊具などで遊んでいる。ここにいたんだ。なぜか安心した。ちょっとだけその光景を眺め、近くにあったベンチに腰を降ろす。改めて公園を見渡し一息ついた。
想像していたよりもずっと広い、駅前と同じく木々が立ち並び空気を浄化してくれている。こういう環境なら子供たちもきっと元気に育つんだろうな。こなにきれいな空気を毎日吸ったら病気にはならない、そんな気までした。しばらく子供たちが遊ぶ様子を見て頭を休めた。
今日訪れた場所が次々と浮かぶ。駅を出た時に迎えてくれた新緑、素敵な雰囲気で味も最高な喫茶店、髪を短くオシャレにしてくれた美容院、力強い佇まいで驚きと感動を与えてくれた門、素晴らしい景色を一望できる天守閣、たくさんの花が美しく咲く庭園。そのどれもが彼女から日常生活を忘れさせ、癒やしを与えてくれた。
今日が終わらずにずっと続いてくれたら、どんなに嬉しいだろう。そんなことを思うも空は少しずつ暗くなっていく。子供たちも親に手を引かれて帰り始めた。小さくため息をつき立ち上がった。みんなの後を追うように公園を出た。
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