第11話
予想していた通り中は家族連れで賑わっていた。そういえば最近、子供を見ていない気がする。朝は通勤ラッシュの満員電車に乗り、帰りはいつも夜遅く…。子供とうい存在は彼女の日常生活から消えてしまっていたのだ。
幼い子の無邪気な笑顔を見ていると自分も元気になれる気がする。遠目に子供たちを見ながら城を目指して歩いた。
しばらくして案内板が設置してある広場に着く。桜城はこの広場を抜けた先にある分かれ道を右に進めば行けるようだ。他には何があるんだろう?案内板を隅から隅まで見る。そして城から少し離れた所に売店があるのを発見した。お城に行って、しばらく見学したら売店に寄り、それから公園に向う。頭の中でスケジュールを立てて再び歩き始めた。
広場を出ると地面がコンクリートから石畳に変わる。石畳の地面を歩くのも久しぶりだった。中学校の修学旅行で京都に行った時にお寺の石畳を歩いて以来縁が無い。いつも歩いている道は風情も無ければ味も無く本当にただの道だ。失礼な気もするが今自分が歩いている道と比べるとそう思わざるを得なかった。
この道は和風だ…。…それ以外思いつかない。表現力の無さが恥ずかしくなる。もっといい感想はないものかと考えていると分かれ道に差し掛かった。たしか、右に進めばお城に行けるはず。もうちょっとだ。少し疲れてきた自分を奮い立たせるように心の中でつぶやいた。
右の道を進んでいると、わずかに坂になっていることに気がつく。疲れた体で上りきれるかな…?少しだけ不安になった。しかしその不安はすぐに消える。思っていたよりも道は短くあっという間に城に着いてしまった。休憩も含めて立ち止まり城を見上げる。
入口の門も大きかったが、城はその何倍もある。城の入口に目を向けると看板を見つけた。近づくと入場料が書かれていることがわかった。大人は四百円、子供は百五十円。財布からお金を取り出し中に入る。
「ごゆっくりどうぞ」
受付の人からパンフレットを渡される。中はこの城や地域にまつわる歴史的書物などが展示されていた。学生時代、歴史はあまり得意ではなかったが、なぜか今は興味をひかれる。一つ一つ説明を読みながら見学した。
二階に上がるとそこも一階と同じく様々な物が展示してあった。パンフレットによるとこの城は五階建てで、天守閣からはこの街を一望できるらしい。早く天守閣に行きたい気もするが、こうゆう時はむしろ時間をかけた方が喜びは大きい気がする。一階と同じくゆっくり見学することにした。
説明文を読んでいると学校で習ったような単語がいくつも出てくる。どういう意味かは忘れてしまった。たとえ意味はわからなくてもこれらの展示品を見ていると、自分がその時代にいるような錯覚を覚える。三階、四階と上がっていくにつれそれは強くなった。きっと天守閣に上がれば、そこから美しい田園風景が…。
期待に胸を膨らませて最上階に行く。しかし実際には現代の街並みが広がっていた。ちょっとだけ残念に思うもすぐに気を取り直す。なぜなら天守閣から眺める街並みは、彼女が今まで見てきたどの風景よりも素晴らしかったからだ。手すりに両手を置き身を乗り出したくなるが、そばにあった立札に
「危険ですので、身を乗り出さないでください」
と書いてあるのに気づく。
そよ風を受けながら街を眺めた。きれいだな…。駅前の新緑、商店街、あの大きな門そしてこの風景。今日はいい場所をたくさん見つけている。バッグからスマホを取り出しカメラを起動する。空、自然、街並みがちゃんと一緒に写るようにして何枚か撮影した。本当はもっと撮りたいが、電池残量が心配なので諦める。その代わりこの景色を忘れないようにしかっりと目に焼き付けた。
どれくらい見ていたのか時間を忘れるくらい見入っていると、思い出した様に気づく。他の場所にも行かないと。スマホの時計を確認すると三時四十五分。広場にあった案内板には売店はこの城から少し歩いた所に、公園は途中にあった分かれ道を左に行けば着く。
もうそろそろ動いた方がいいのかな?小野は目を閉じ、深く息を吸った。爽やかな空気が肺いっぱいに広がる。初めて空気が美味しいと感じた。
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