第10話

 太陽に照らされ街を歩くのは本当に気持ち良かった。雲一つ無い青空にそよ風が吹き、駅前に並んでいた新緑の香りが流れてくる。自分もいつかこの街に住みたい。そう思うくらいだった。歩き続け、駅から少し離れてくると飲食以外の店も並び始める。本屋、服屋など色々な店が営業していた。


中に入らなくてもこうして通り過ぎながら見るだけで十分楽しかった。どこまで続くんだろう。ふとそう思い前の方に目を凝らす。ずっと先まで店が並んでいた。せっかく来たんだから最後まで行こう。そう思った時、ちょっと離れた所にハサミのマークが描かれた看板が立っているのを見つけた。


あれって…。近づくと予想通り美容院だった。無意識に毛先を触る。美容院には長いこと行っていない。伸びてきたら自分で切っていたがあまり短くはできない、肩ぐらいが限界だった。短くしようとして失敗するのが怖かったのだ。切るなら今しか無い。そんな言葉が浮かんでくる。


「よし…」


そうつぶやき久しぶりの美容院に足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ!」


複数の男女の声が一斉にする。


小野は驚くも、一番近くにあったソファーに腰かけた。どのくらい短くしてもらおう。待ちながら、髪を切った後の自分を想像する。しかし、ずっと自分で切っていたせいかどうもぼやけてしまう。小さくため息をついた。わたしは自分の髪型も決められないのか、と落ち込みそうになるがすぐに小さく頭を振った。自分で決めても似合わない可能性だってあるんだから、それならプロの人に相談しながらの方がいいかも。


できるだけ悪い方には考えない、自分で決めた今日だけの掟だった。顔を美容師たちに向け少し観察する。誰が一番上手か、それは始めて来たお店だからわからない。でも、気になってしまうのだ。もちろん女性の方が話しやすい、でも若い男性に切ってもらうのも悪くないかもしれない。そんなことを考えていると声がかかる。


「お待たせいたしましたお席にご案内いたします」


我に返り、いつの間にかうつむいていた顔を上げると中年くらいの女性が立っていた。


「あ、はい…」


立ち上がり女性についていく。


「こちらのお席へどうぞ」


四つある席の一番奥に案内された。


「本日はどのようになさいますか?」


「えっと…短くしたいんですけど、どのくらいの長さが自分に似合うのかわからなくて…それで、アドバイスをしてもらえればと思ってるんですが…」


「わかりました。では、少しずつ切りますので、お好みの長さになりましたらおっしゃってください」


そう言うと小野にカットクロスをかけ、ハサミを取り出した。


 チョキチョキという音を聞きながら担当している美容師さんの顔を時折見る。母と同じか少し年上、そんな印象を受けた。そういえば、小学生くらいまではこんな風に母に切ってもらってたな…。本当に上手で、終わった後に鏡の前に立つといつもオシャレになった自分が映っていた。


美容師を目指して学校にも通い免許も取ったけど、父と出会って変わってしまったらしい。夢を諦めるぐらい父は素敵な人だったのかな…。


「このくらいの長さはいかがでしょうか?」


女性の問いかけに鏡をしっかり見た。髪は肩より少しうえくらいの長さになっている。


「えっと、もう少しだけ短くしてください」


せっかくだから思い切り短くするのもいいかも。


「かしこまりました」


再びハサミが動きはじめる。まだはっきりとは想像はできないが、新しい髪型で心機一転しこの街を歩く、考えただけでも心が踊った。そうだ、この人に街のいい場所を聞こう。とっさに思いついた。


「あの…」


小野が話しかけると女性は手を止めた。


「はい、なんでしょう?」


「実は観光みたいなのをしているんですけど、この街の名所とかを教えて欲しいのですが…」


「あら、観光なさってるんですか?」


「はい」


「桜城址公園には行かれましたか?」


「じょうし…?」


嫌な顔が一瞬頭をよぎる。


「公園の中に昔のお城があって、城内を見学することもできます」


お城か…やっぱりあったんだ。


「ここからどう行けばいいですか?」


「この通りを真っ直ぐ進みますと突き当りますので、そこを左に曲がって歩いて五分ほどです」


「わかりました、ありがとうございます。行ってみます」


「お役に立ててなによりです」


 そしてそれから十分後、髪がすっかり短くなった小野が美容院から出てきた。切る前と違い今度は首にも風の流れを感じる。本当に、今日この街に来て良かった。空と同じく彼女の気分は晴れ晴れとしていた。


さてと、お城に行こうかな。突き当りを目指して歩き始める、気分のためか足取りがとても軽い。速く歩いているため先程のようにじっくりは見れないが、それでもどの店も活気にあふれていた。そういえばこの通りがどのくらい続くのか訊かなかったな。道はまだまだ続きそうだった。


まあ、時間もたくさんあるしいいか。いつまでも歩いていたいそんな気もした。それくらい楽しかったのだ。目に映る物全てが新鮮で、昨日までの嫌な記憶すらも忘れることができた。


浮かれた気分で歩いているとやがて、突き当りが見えてくる。美容院で教えてもらった通り、左に曲がった。すると少し先の方にお城の屋根のような物が現れる。城の大きさや中の様子など色々想像を膨らませながら進んだ。


こっちの道は家族連れが多いみたい。やっぱり公園があるからかな、お城を見学したら公園にも行こう。美容師さんの言っていた通り城址公園には五分ほどで着くことができた。時代劇に出てきそうな大きな門が彼女を迎える。


「すごい…」


思わず声が出た。こんなに驚いたことは無いのではないかというくらい驚いた。写真撮ろう。バッグからスマホを取り出し門に向ける、しかし大きいため中々画面に入りきらない。少しずつ後退りして門全体が収まる位置を探す。


「このくらいかな」


結構下がったところで試しに一枚撮ってみる。うーん…。門はちゃんと入ったが、門しか写ってない。できれば空も一緒に写したかった。もう少しだけ後退りすると、空も画面に入り始めた。ある程度空が入ったところでもう一度写真を撮った。


「…よし」


納得できる一枚を撮影することができた。満足して前を見ると、門からだいぶ離れてしまったことに気づく。急足で門の前まで行く。近づいて改めて門の力強い佇まいに感動した。今までこの門よりも大きい建物はいくつも見てきたがどれも個性が無いというか、ありふれた物ばかりだった。でもこの門は違う、何がどう違うのかは上手く表現できないけれど、普通の家やビルといった建物よりもずっと奥深いものがある。そう思った。


門だけでもこんなにすごいなら、お城はもっとすごいかもしれない。もっと門を見ていたいが、それだと公園の中を周りきれないかもしれない。後ろ髪を引かれながら入口である門をくぐり、桜城址公園の敷地へと入った。


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