第38話

 一分後再び顔を上げると、もう父の霊は憑依していないことがわかる。


「いかがでしたか?」


「え?」


「ご希望に沿うことはできましたでしょうか?」


「あ、はい。父に会うことができて、とても嬉しかったです」


「この後はどうしますか?あと一人憑依させるだけの体力は残っておりますが」


「えっと…。それならこの女の子の霊に会いたいのですが」


霊媒師が持っている写真を指し示す、次女の華那子だ。


「お名前は?」


「小野華那子です。私の姉です」


「わかりました」


じっと写真の中の華那子を見つめ始めた。涼華も先程と同じ様に、音を立てずに見守る。


「うぅ…」


霊媒師が項垂れた。ということは…。


 顔を上げた彼女の表情は父とはまた違った。何だか嬉しそうで子供みたいだ。


「あの、華那子お姉ちゃん…?」


「ふふ、そうだよ。久しぶり、りょうかちゃん」


「うん」


「何を訊きたいの?」


「え?」


いきなりの言葉に理解ができない。


「話したいことがあるから会いに来てくれたんでしょ?」


「うん、えっと…」


確かにあるけど、でもいきなりこんな事を訊いて大丈夫なのかな…。


「どうしたの?」


「あ、いや…。寂しかったりしないのかなぁって…」


「え?」


「その…。お姉ちゃんだけが姉妹の中で亡くなったから…」


質問をしている自分も心が痛む。


「…もちろん、柚華お姉ちゃんと、りょうかちゃんから離れちゃったから悲しいよ」


やっぱり…。


「でもね、あっちの世界に逝って、嬉しいことがあったんだ」


「嬉しいこと?」


「おばあちゃんに会えたの」


そうか、祖母も亡くなっているから会えても不思議ではない。


「それでね、いろんな縫い方や編み方を教えてもらって、いろんな物を作れるようになったの」

 

「そうなの…」


あの世でも縫い物や編み物ができるんだ…。


「みんな上手って言ってくれるし、寂しくなんかないよ。おじいちゃんだっておばあちゃんと会えて嬉しいって言ってる」


「そう…。それならいいんだけど…」


祖父のことも気になっていたので少し安心する。


「それより、わたしが心配なのはりょうかちゃんの事なの」


「え?」


どういうこと?


「りょうかちゃん、お仕事忙しくて疲れてるでしょ?」


「うん」


「事故とかにあわないでね」


「事故?」


「この前も駅でホームから落ちそうになったでしょ」


「あぁ…」


あれは自殺するつもりだったんだけどね…。


「わたしがりょうかちゃんの手を引っ張ったから良かったけど」


「…え!」


信じられ無いようなことを聞いた。


「ふふ、また落ちそうになったら、引っ張ってあげるからね」


そんなことまで言われる。錯覚じゃなかったんだ…。


驚きの余り言葉が出ない。


「驚いたでしょ。ちゃんと見てるからね」

 

無言のまま頷く。


「それじゃあ、今度はわたしに質問させて」


「…うん」


気持ちの整理がつかないまま返事をした。


「勉強とか部活って楽しかった?」


「勉強と部活?」


「うん。わたし、小学生で死んじゃったから中学校とか高校がどんな場所なのか知らなくて…」


…そうだよね。気になるのも無理は無い。


「えっと…」


何と答えればいいのかな…。


勉強は好きでも嫌いでもない。普通だ。楽しいかとか、つまらないという感情も無く、あの事件を思い出したくないからただひたすら勉強したのだ。


部活だって誰かと楽しく喋るということは無かった。他の生徒とあまり関わらなくて済みそうという理由で美術部に入り、一人で黙々と絵を描いていた。  


それをそのまま伝えるのはちよっと…。


「楽しかったよ、すごく」



「本当に?」


「うん」


嘘は言っていない。自分はともかく、周りの生徒はすごく楽しそうで、生き生きとしていた。


「ふーん…」


華那子は何やら考え込んでいるようだ。


「お姉ちゃん…?」


涼華が話しかけると華那子は、はっとした顔になった。


「何?りょうかちゃん」


「どうしたの?」


「あ、いや…羨ましなぁって」


「……」


「そんなに楽しいのなら、わたしもみんなと一緒に勉強や部活をやってみたかった」


「お姉ちゃん…」


喜んでもらいたかったのに、逆に落ち込ませてしまった。


「あ、別にりょうかちゃんや柚華お姉ちゃんの事をずるいって思ってるわけじゃないよ。わたしはできなくても、二人ができたならそれでいいかなって思ってるの」


「そう…」


「うん。だからりょうかちゃんも、わたしの分までいろんな事をやってね」


「うん…」


「ありがとう。じゃあ最後に一つ質問するね」


最後…。もう戻ってしまうのか…。


「夢はある?」


「夢?」


「夢」


急に訊かれても…。


「特には無いけど…」


「そう…。それならそれでいいんだけど、もしあったなら絶対に叶えてほしいなって」


「どうして?」


「死んじゃったら叶えられないから。りょうかちゃんのいる世界とわたしのいる世界って全然違うんだよ、この世じゃないと叶えられない夢もあるし、あの世でも叶えられる夢もある。」


「うん」


「でも死んだ後に気づいても、遅いでしょ?柚華お姉ちゃんとりょうかちゃんには後悔してほしくないの」

 

華那子の声がだんだん小さくなっていく。


「りょうかちゃん、今日は会いに来てくれてありがとう。大好きだよ…」


華那子は目を閉じうつむいた。






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