第39話

 「…いかがでしたか?」


霊媒師が顔を上げて訊く。


「ありがとうございました。本当に嬉しかったです」


特に華那子お姉ちゃんが最後に言った言葉が。


「何よりでごさいます。それで、申し訳ないのですが残りの方は明日にしていただいてもよろしいでしょうか?」


「はい、大丈夫です」


「ありがとうございます。それでは失礼させていただきます」


そう言うと霊媒師は立ち上がり、部屋を出て行った。


「あの、青井さんは?」


住職に尋ねる、ってこの人も青井さんだったな。


「兄は恐らく外で待っているかと思います」


「わかりました。今日も本当にありがとうございました」


深く一礼し立ち上がろうとする、外で待っているならば早く行かないと。


「イタッ!」


突然足に痛みが走った。


「どうされました!?」


驚いた顔で住職に訊かれる。


「足が痺れて…」


「そうでしたか。それでは痺れが取れるまで、ごゆっくりなさってください」


「すみません…。ありがとうごさいます」


「いいえ、お気になさらず」


住職は立ち上がり部屋を出て行った。


 やっぱり普段から正座してるから慣れてるのかな。住職がふらつかないのを見た涼華はそんなことを思う。ちょっと羨ましい。


足は感覚が戻ってきてはいるが、まだ立てそうにない。完全に治るまで少しかかりそうなので、父と華那子の事を考え始めた。


 父はやはり自分のことを責めていた。この二十年間、あの世に時間が流れているのかはわからないけど、わたしと同じですっと苦しんでいたんだ。


父は何も悪くないのに、自分が家族を殺してしまったと責め続けていた。悪霊に取り憑かれてどうしようもなかったと、わかっていても自分を許すことができなかったのだ。


でもそれは、家族のことをそれだけ愛していたというごとだ。いつも明るくて、みんなの事を気にかけてくれる優しい父。それは幽霊になった後でも変わらない。


さっきだってわたしのことを心配してくれた。そんな父が殺人なんか絶対にするはずがない。涼華は父を恨んだ自分自身が恥ずかしくなった。


謝らなければいけないのは自分だ。


「お父さん、ごめんなさい…」


小さな声で言った。


「小野さん」


突然名前を呼ばれて心臓がドキッとする。すごい勢いで振り向くと、青井が立っていた。


「青井さん…脅かさないでよ」


「ごめん。外で待ってたんだけど、なかなか来ないから、どうしたのかなと思ったんだ」


「足が痺れちゃったから動けなくて、治るまで待ってたの」


その時、青井が手にビニール袋を下げているのに気づく。


「その袋は?」


「これ?」


彼はそう言うと、袋を涼華に差し出した。


「え?」


どういう意味なのか、さっぱりわからない。


「お昼ごはんに食べて、中にお茶とおにぎりが入ってるから」


「え!そんな、受け取れないよ!自分で買うから青井さんが食べて」


「俺はもう自分のは買ってある。だからこれは小野さんの分だ」


「でも…」


「いいから受け取ってくれ。迷惑をかけたお詫びだから」


迷惑をかけているのはわたしの方なのに…。そう思いながら、手を伸ばし袋を受け取った。


「立てるか?」


「あ、うん」


痺れはもう無い。


「よし、それじゃあ旅館に戻ろう」


小さく頷き立ち上がった。


 

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