第19話

「おじいちゃん大丈夫かな…」

 

部屋に戻ったところでようやく柚華が口を開いた。


「…大丈夫だよ、きっと」


姉妹の中で一番元気のある華那子も声が沈んでいる。それから三人はベッドに座りしばらくの間、黙っていた。物音一つせず、静まりかえっていた。両親は一階にいるのだろうが、話し声も聞こえてこない。三人は初めてこの屋敷のことを不気味だと感じた。


不気味といっても少しだけだが、姉妹たちにとってこの場所はとても楽しく大切だったので、悲しく怖かった。


「寝よう」


長女が言った、すると妹たちは静かに静かに横になり、目を閉じた。柚華も横になるも、なかなか寝付くことができない。それは華那子も同じだった。涼華だけはまだ幼いせいか寝息をたてて熟睡している。自分も早く寝たいが、不安で色々と考えてしまう。その夜、二人が眠りについたのは真夜中だった。


 次の日、三人は朝早くに目が覚める。自然に起きたのではなく、起こされたのだ。


「みんな起きて」


母が柚華たちに声をかける。


「どうしたの…」


眠い目をこすりながら返事をした。


「出かけるから準備しなさい」


「どこに行くの?」


母はその質問には答えず涼華を起こし始めた。


「まだねむいよー…」


布団を剥がされ愚図りだす涼華、華那子の方も体を起こしてはいるが、首を垂れて動こうとしない。


「柚華、華那子を起こして」


母に言われて次女に声をかける。


「華那子ちゃん、出かけるから準備してって」


「…わかった…」


虚ろな目でそう言うと、再び首を垂れて動きが止まった。


「二人とも早く起きなさい!」


母の怒った声に華那子と涼華は飛び上がる。


「早く準備して降りてきなさい」


同じ口調で言い、部屋を出ていった。三人とも呆然と閉じた扉を見つめる。


「どうしておこってるの?」


涼華が少し怯えた様子で訊く。


「わからない…」


夢現だった華那子もすっかり目が覚めていた。急いで着替えて一階に降りると、待ち構えていた母にこう言われる。


「早く車に乗りなさい」


「ごはんはー?」


またもや怯えた様子で涼華が訊いた。


「おにぎりを作ったから車の中で食べなさい」


有無を言わせぬ口調に姉妹たちは何も言わずに外に出て車に乗り込む。すでに車庫から車は出ていて運転席には父が乗っていた。


「おはよう」


とだけ言い後は黙っている。明らかに普段と違う両親に戸惑う三人。


「どこに行くの?」


柚華は母に訊いたことを父にも訊く。


「…病院だよ」


「え…」


一瞬で車内の空気が張り詰める。柚華と華那子は言葉を失った。


「おじいちゃんにあいにいくのー?」


幼い涼華は普通に会いに行くものだと思い質問する。


「うん…」


沈んだ声が帰ってきた。


「やったー!」


大好きな祖父に会えると無邪気に喜ぶ涼華、しかし姉二人は病院に行くということがどういうことなのかを悟っていた。


 病院に着くまでどのくらいかかったのかはわからない、涼華以外の四人は祖父のことが気が気でなかった。受付を済ませ祖父のいる部屋へと向う。やはり早い時間帯ということで静かだ。


少し歩くと小野と書かれた名札が貼られた病室が見えてくる。母は音を立てないように扉を開けた。部屋には祖父が目を閉じて横たわっている。


「おじいちゃん!」


涼華が嬉しそうに声をかけるも、祖父は返事をしない。


「おへんじしないよ?」


「眠ってるのよ…」


母は静かに答えた。


「おはようございます」


皆が振り向くと白衣を着た医師が立っていた。


「御家族の方ですね」


「先生、父はどのような状態なんですか?」


切羽詰まった声で訊く。


「お父様は…先程、お亡くなりになりました…」


母は両手で顔を覆った。


「どのくらい前に亡くなったんですか…?」


父が訊く。


「十分程前です」


それを聞くと沈んだ顔になった。


「ごめん…俺がもっと速く運転してれば…」


母に向かって謝る、しかし母は首を振った。


「あなたは悪くないわ、焦って運転して事故を起こしたらどうするの?」


両手の奥からくぐもった涙声で言う。娘二人は声をあげて泣いていた。涼華だけは何が起きているのかわからないようで、じっと四人を見つめている。


「どうしてないてるの?」


その質問に母は涙を拭い、しゃがんで涼華と目の高さを同じにした。


「よく聞いて涼華。おじいちゃんはね、天国に逝ったの」


「てんごく…?」


「そうよ。だから、おじいちゃんはお返事できないの」


ほんの少しの沈黙が流れる。


「…しんじゃったの…?」


母は無言で頷いた。病室に涼華の鳴き声が響く、そんな娘を優しく抱きしめる母。家族全員が祖父の突然の死を受け入れられなかった。原因は、わからない。一昨日まで元気だったのに、なぜ…。皆の中には悲しみと、答えを見いだせない疑問が渦巻いていた。


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