第14話

 通勤ラッシュほどでは無いが道が混雑しているため思うように歩けない。しかも今は人を追いかけている。一人の人間から目を離さずに、なおかつ向かってくる人たちを避けながら歩くのは大変だ。小野が苦労しているのに比べて、男性はするすると人と人の間を通り抜け進んで行く。


幽霊みたい…。とっさにそんな言葉が浮かぶ。もしかして自分は幽霊を追っているのか?何だか怖くなってきたが、追いかけるのをやめようとは思わなかった。追いかけてその後どうするのかは考えていない、男性がどこに行くのか、それだけが知りたかった。なんで知りたいのかもわからない。


やがて男性は建ち並ぶ店の間にある細い路地に入っていった。誰も見向きもしないような道だ。立ち止まって奥の方を見ようとするも暗くて見えない、男性の姿も無くもう奥に行ってしまったようだ。どうしよう…。


普通なら絶対にこんな道には入らない、でも男性のことがどうしても気になる。意を決して路地へと入った。


 先に進むにつれてどんどん暗くなる、完全に見えなくなるのでは、と心配したが少しずつ目が慣れてきてなんとなくではあるが見えるようになった。本当にここに入ったのかな…。なかなか男性が現れないので不安になる。幽霊みたい、さっきの言葉が再び浮かんだ。幽霊だったら姿を消せるかも。


そんなことを思った時、前方に僅かな光が見えた。ゆっくりと音を立てないように歩き、ちょっとずつ近づく。男性がいた。スマホのライトで前を照らし何かを喋っている。そばにあった電柱に隠れてじっと様子を伺った。


「もうそろそろ行ってもらわないと」


どこに?


「いつまでもここに居られても困るんだ」


誰と話しているの?目を凝らすも男性以外には誰もいない。不審に思いながらも耳をそばだてる。


「気持ちはわかるけど…。あんたの奥さんも待ってるんだから」


奥さん?何の話?


「大丈夫、あんたがいなくてもやっていけるから」


独り言にしてはところどころ抜けている、まるで誰かと会話しているようだ。でも誰もいない。


「そうか、良かった」


何が良かったの?言葉の続きを待ったが男性はそれ以上何も喋らなかった。何が起きているのかわからないまま男性をじっと見つめ続ける、すると突然男性が振り返りこっちに向かって歩き出した。


話の内容を聞き取ろうと、電柱から身を乗り出していた小野は慌てて隠れるも気づかれてしまう。


「…ん」


男性の足が止まった。


「誰?」


何も答えることができない。足音が再び聞こえ始め、ライトの光も近づいてきた。それに合わせるように彼女の心臓の鼓動も早くなる。緊張で体が硬直してしまい逃げ出すこともできない。電柱の陰が照らされ小野の姿が現れる。


「…誰?」


同じことを訊かれるもやはり何も答えることができない。


「ここで何してるの」


「……」


何をしていたのかは、こっちが訊きたいぐらいだった。しかし、そのことを訊くのではなく別の言葉が出た。


「…憶えてないの?」


「え?」


男性が驚いた顔になる。


「会ったことあったっけ?」


憶えてないわけない、あなたが止めたくせに…!手を強く握る。


「日曜日あの屋敷にいたでしょ」


「屋敷?」


少しの沈黙の後に男性はさらに驚いた顔になった。


「え…」


目を大きく見開き小野を見つめた。


「もしかして、あの時の…?」


「…そうよ」 


「どうしてここに…」 


自分がなぜここにいるのか、そんなことはどうでもよかった。それより、今の彼女はあの日以来ずっと疑問に思っていたことを訊く方が重要だった。


「なんで邪魔したの?」 


「え?」


「わたしが自殺しようとしたのをどうして邪魔したの?」 


「ああ…。いや、屋敷に行ったら君が包丁で手首を切ろうとしてたから…」


そんなの理由になってない。


「なんで邪魔したの!」 


つい、大きな声になってしまう。


「なんでって、普通とめるだろ」


当然の理由だった。だが、その一言で彼女の怒りは爆発した。


「余計なことしないでよ!」


男性を睨みつける。


「毎日毎日、こなしきれない量の仕事押し付けられて、遅くまで残業して、上司からは変なこと言われて…」


話しながら涙が次々と頬を伝った。最悪だ、せっかく素敵な場所をたくさん見つけたのに。この男のせいで…。


「あなたが邪魔しなければ死ねたのに…!」


いつもの彼女ならばこんな失礼なことは絶対にしなかった。どこの誰だかもわからない人間に泣きながら八つ当たりをしている。男性は困ったような顔をしていた。


「なんであの屋敷に来たのよ、あなたの物でもないのに!」


「そんなこと言われても…。用事があったんだから仕方ないだろ」


「何の用事よ!」


「言ってもわからない、それに君だってなんであの屋敷にいたんだ?君の物でもないのに」


心臓が止まるかと思うくらいの衝撃が走る。最も触れたくない話だった。確かにあの屋敷は自分の物ではない。では誰の物なのか。


「祖父の屋敷…」


自然に言葉が出た。時間が止まったかのような沈黙が流れる。このまま時間が止まっていればいいのに…。そう強く思うも相手が沈黙を破った。


「君の祖父…?」


「……」


少しずつ恐怖が押し寄せてくる。今まで家族以外、誰も知らなかったことに、誰にも気づかれないようにしてきたことに、男性は気づこうとしている。


「ということは、君は二十年前の…」 


そう、わたしは二十年前の…生き残り…。

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