第7話
機械的に改札を通り抜け、外に出た。こんな時間でも駅前は明るい、さすがは都会だと思うが少し進んで住宅街に入ってしまうと景色は一変する。どの家も灯りは消え、数メートルおきにある外灯だけが道路を照らしていた。
薄暗い中重い足取りで自宅を目指す、この道はまるで今の彼女の心を表しているようだった。決して明るくならない心、そしてそれを何とか照らそうとする自分。しかしどんなに頑張っても闇は消えないのだ。
しばらく歩き続け、ようやくアパートに着く。階段を上っていく途中、何度も転びそうになった。いつもよりずっと時間をかけて上りきり、部屋の前まで来る。鍵を取り出すも手に力が入らず、落としてしまった。深くため息をつき拾い上げる、小さい鍵なのに重く感じた。鍵に重さを感じたことなど今まで無かったのに…。
靴を無造作に脱ぎ捨て、リビングに入る。機械的に電気を点け椅子にどさっと座り、机に突っ伏した。課長に言われた言葉が何度も頭の中に響く。使えない役立たず…。今まで散々残業やらせたくせに、散々変なこと言ったくせに…。涙が次々と流れ机を濡らした。使えない役立たず…!
「はあああ…」
悲鳴ともため息ともつかない声が出る。歯を食いしばり泣き続けた。本当は思い切り泣き叫びたいのに決してすることができない。小さい時に絶対に声を上げて泣かないと決めたからだった。親に迷惑をかけたくない、それが一番の理由だった。
しかし今はその両親はおらず彼女一人だけが部屋にいる。それでも声を上げて泣くことは無い。いつからかそれが悪いことだと思い込んでしまい、できなくなってしまったのだ。拳で何度も机を叩き感情をぶつける。激しい怒りと悲しみが彼女の中で渦巻いていた。
「もういやだ…」
涙声でつぶやくと突然体を起こし勢いよく立ち上がった。あまりの勢いに椅子が倒れる、少し大きな音が鳴ったが目もくれずに台所へ向う。立て掛けてあった包丁を掴み取ると首元に近づけた。もう死んだほうがましだ…。肌に冷たく鋭い刃が触れる。動脈を切ろうとするが、手がそれ以上動かない。
死にたいはずなのに、なんで…。小野はシンクの中に包丁を投げつけ、その場に座り込んだ。
「なんで…なんで…」
泣きながら同じ言葉を繰り返す、全身が震えていた。私は泣き叫ぶことも自分を殺すこともできない…。臆病な人間なんだ…。目を閉じる。視界は閉ざされ闇に聞こえてくるのは自分の鼻をすする音と、荒い息遣いだけになる。死にたいのに…なんでこんなに弱いのよ…。死にたい…死にたい…。
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