第27話

 改札を抜けホームに降りると、まだ電車は来ていなかった。先程と同じ様にベンチに座り待つことにした。周囲を見るとほとんど人はいない。


何をするわけでも無く待っていると、隣の青井がリュックから本を取り出した。そういえば、彼はリュックしか持っていない。それに、衣類などを詰めているのかな?三日分の着替を入れるには小さい気がするし、これも気のせいかもしれないけど軽そうに見える。


「…どうかしたか?」


青井は本から目を離さずに言った。不意をつかれて涼華はあたふたしてしまう。


「あ、いや、えっと…リュックが軽そうだなあって…」


「リュック?」


「うん。泊まりだからもっと大きいの持ってくると思って…」


「ああ…。俺はそんなに持ってかなくてもいいっていうか…。持っていく必要が無いっていうか…」


「どういうこと?」


「実は月鏡寺って俺の実家なんだ」


「え!?」


寝耳に水とはまさにこういうことだ。


「ここから霊媒師がいる一番近い場所が月鏡寺しか思いつかなくて…。驚かせてごめん」


「う、うん…」


彼女が返事をすると同時くらいに、ホームにアナウンスが鳴り響く。


「間もなく電車が参ります」


電車がスピードを落としながらホームに入ってきた。青井は読んでいた本を閉じ立ち上がった。


扉が開き二人は電車に乗り込んだ。降りる乗客はほとんどおらず、中も空席ばかりだ。空いていることは嬉しいが、落ち着かない気もする。


「どのくらい乗るの?」


「大体四十分くらいだ」


「そう…」


四十分か…。わたしも本を持ってくれば良かったかな。その時、窓からぽかぽかした日差しが入ってきた。少しずつ彼女の体は暖まっていき、電車の程よい揺れが眠気を誘う。やることも無いし、ちょっとだけ寝ようかな…。まぶたを閉じるとすぐに眠りについた。


 十分後、彼女は仮眠から目覚め、向かいの窓を眺めていた。寝起きのため頭が回らない。何で電車に乗っているの…?そんなことをぼんやりと思うも、時間が経つにつれて意識がはっきりとしてくる。


…家族に会いに行くんだ。亡くなった家族に…。


って、あれ…?何か変だ。…首が曲がっている。そして頭を何かに乗せているのだ。その何かから頭を離し、見てみると…。


「ご、ごめん…」


彼女がもたれかかっていたのは青井の肩だった。


「気にしなくていい」


青井は読んでいる本から目を離さずに言う。


「でも、重くなかった?」


「俺は大丈夫だ、それより小野さんの方こそ大丈夫か?」


「え?」


逆に訊き返されるも、何のことだかわからない。


「徹夜したんだろ?」 


「…!」


何でわかったの!?朝まで探したわけじゃないから正確に言えば徹夜じゃないけど、、でも二時間しか寝てないから徹夜と対して変わらない。


「どうしてー」


「目の下に隈ができてる」


バッグから小さな手鏡を取り出す。…本当だうっすらとではあるが黒ずんでいる。


「寝るなら今の内に寝ておいた方がいい。月沼駅に着いたら宿泊先に荷物を置きに行くけど、その後すぐに寺に向う予定だから、休めるのは電車やバスに乗ってる間だけだ」


「そう…じゃあ…」


涼華はうつむき目を閉じた。これなら彼にもたれかかることも無い。


 それから三十分後。


「…小野さん。…小野さん」


「…んん…?」


重いまぶたを開き、顔を上げるとぼやけた世界が目に映る。


「次で降りるから起きて」 


横を向くと青井が自分を見ていた。


「次で降りるから」


「…わかった」


もう降りるのか…。少しして電車はスピードを落とし始め、やがて停車した。


 ホームに降り立つと青井は迷うこと無く歩き始める。


「ついてきて」


その一言に彼女も遅れをとらないように歩く。階段を昇り降りし、別のホームに着く、すでに電車が停まっていて二人とも駆け足になった。涼華が乗り込んだ直後背後で音が鳴りドアが勢いよく閉まる。


「あぶなかった…」


ほっとしてため息をつくと青井がさっさと席に座っていることに気づいた。自分も彼の隣に座る、他にもたくさん席は空いているけど、なんとなくそうした。


「今度はどのくらい乗るの?」


「二十分くらいかな」 


「そう…」


二十分、さっき、よりは短いけど…。今度は本当にやることがない。眠ろうにも先程眠ったばかりなので、目は冴えている。


「眠らないのか?」


「あ、うん。さっき寝たから目が冴えちゃって」


「そうか…。それは暇だな」


「うん…」


はぁ…本を持ってくれば良かった。その時ある疑問が浮かぶ。そういえば、さっきから何を読んでいるんだろう?


「あの、余計なことかもしれないけど…。何を読んでるの?」


「小説だけど」


それはわかるけど…。


「ジャンルは?」


「ホラー」


ホラーか。自分は…苦手だ。


「幽霊を相手にするから多少の恐怖には慣れておかないといけないんだ」


なるほど、そういうことか。


「ふーん…」


「小野さんも読む?」


「え?」


「俺、もう一冊持ってるから」


「…ごめん。わたしホラーは苦手で…」


「そう…。ちょっとした暇潰しになればと思ったんだけど」


せっかくの提案を断ってしまい、申し訳ない。


 それからはずっと、向かいの窓から見える景色を眺めていた。明らかに自分が住んでいる都心とは違う、田舎の風景だった。昨日行った街、桜城とも違う雰囲気だ。


「次は月沼、月沼です」


青井が読んでいた本をリュックにしまった。


「降りよう」


「あ、うん」


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