第26話
帰りの電車の中で今日あったことを思い出していた。無断欠勤をして外出し、電車に乗っていたらお腹が空いたので桜城という駅で降りた。近くにあった喫茶店で昼食を取り、その後大通りをあるいていたら美容院を見つけて髪を短くしてもらった。
桜城址公園に行き様々な風景を見た。そして大通りに戻り、あの男性と再会する。
バッグの中からメモ用紙を取り出す。そこには確かに自分のものではない文字で電話番号が書かれていた。夢じゃないよね…。一枚の小さな紙切れを見つめる。
「次は松境、松境です」
アナウンスを聞きメモ用紙をバッグにしまった。
電車を降り、改札を出ると見慣れた場所が目に入ってくる。帰って来たのか…。急に虚しくなってしまい、力が抜けそうになった。だめだ。わたしには、やらないといけないことがあるんだから。
自分に言い聞かせアパートに向かって歩き出した。様々な想いが浮かび消えていく。気づけばアパートの自室の前に立っていた。鍵を開けて中に入ると暗闇が目の前に広がる。
しかし、彼女は物怖じすることなく靴を脱ぎ、リビングへ向かった。普段のように壁に手を伸ばし電気のスイッチを点ける。当然部屋は明るくなった。一枚だけ持ってきた写真はどこにしまったんだっけ…。
三年前の引っ越しの様子を思い出そうとするも、写真のことだけはどうしてもわからない。本当に持ってきたのかな…。そんなことが浮かぶも、慌てて首を振った。いや、絶対にある。
頭で考えるよりも実際に探した方がいいに決まってるんだから。寝室に行き収納ケースを引っ張り出す。絶対に見つける。
目覚ましのアラームが部屋中に響く。涼華は布団から手を伸ばしアラームを止めた。時間を確認すると四時ちょうど、いつもなら中々起き上がれないのだが今日はすんなりと体を起こした。
部屋を見回すと物が散乱している。当たり前だ、あんなに必死に探したんだもの。結局昨日は帰ってきてから探し続け、二時に就寝したのだ。写真は苦労のかいあって見つけることができた。それから大急ぎで衣類などをスーツケースに詰め準備を終えた。
二時間しか眠れていない、だけど緊張のためか意識ははっきりしている。会社に出勤する時のようにのろのろと準備するのではなく、テキパキとしているのだ。やっぱり行く場所が違うと行動も違ってくるんだ。
バッグを肩にかけ、スーツケースを持ち、玄関に向う。まだまだ時間はある、でもじっとしていることなど彼女にはできなかった。早く会いたいそれだけだ。
外に出ると澄んだ空気に包まれ、少し緊張が和らぐ。空を見上げるとまだ薄暗い、もう少しすれば青空が広がるはず。時間もあることだしゆっくり歩こうかな。空が明るくなっていく様子を見ながら、静かな道を歩いた。いつも歩いている道だけど、何だか新鮮な気がする。
駅に着くと、予想通り人はほとんどいない。周辺を見渡すもやっぱり青井もいなかった。近くにあったベンチに腰を下ろし彼が来るのを待つ。あとどのくらいで来るのかな。スマホで確認すると五時ちょっと過ぎ、待ち合わせは六時だから…。
涼華は小さくため息をついた。もうちょっと家を出るのを遅くすればよかった。このままだと四十分近く待つことになる。どこかの店で待っていたくても、時間が時間なためどこも開いていない。
そういえば、彼の電話番号を登録していなかった。バッグからメモ用紙を取り出しす。電話帳を開き、番号を登録した。
「小野さん…だよね」
突然名前を呼ばれる。
「え?」
声のする方を向くと、そこには青井が立っていた。
「青井さん…」
「随分早いな」
「あ、うん。早く来た方がいいと思って」
青井さんも早いと思うけど。
「そうか、俺もそう思って家を早く出たんだけど、途中から早過ぎたかなって…。でも、君も早く来てたから結果的には良かったかな」
自分も同じ事を思っている。彼が早く来てくれて良かった。
「どうする?もう行っても大丈夫か?何か用事があるなら待ってるけど」
「大丈夫、いつでも行ける」
「そう、じゃあ行くか」
彼の一言に小野は立ち上がった。
彼の後に続いて歩き始める。目的地は月鏡寺という寺で、ここから二時間くらいと聞いたけど、詳しい行き方は知らない。
「どうやって行くの?」
「電車を乗り継いで、月沼って駅で降りる、そこから先はバスで行くんだ」
月沼…。聞いたこと無い駅だ。
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