第25話
子供の頃は父がそんなことをしたとは信じられなかったし、信じたくなかった。でも、時折恨んだりしたものだ。それが今となっては父が哀れで仕方ない。
「…会わせて」
「え?」
「あの悪霊に、もう一度会わせて」
自分でも何を言っているのかわからない。ただ、家族の無念を思うとつい口走ってしまったのだ。
「会ってどうするんだ」
青井は鋭い眼差しを向けながら訊いてくる。
「決まってるじゃない!なんでそんなことをしたのか訊くのよ!」
「そうか…。気持ちはわかるけど、無理だ」
「どうして!?あの世に逝かせることができるなら、呼び戻すことだってできるでしょ!」
「無理だ、一度あの世に逝った霊を呼び戻すことはできない」
青井のはっきりとした口調に涼華は僅かな希望を失ってしまった。
「今までずっと耐えてきたのに…ずっと苦しかったのに…なんで、なんで会えないのよ…」
会えない、というのは老婆だけでなく実は家族に対してでもあった。彼女の中に、悪霊に会えるのであれば家族の霊にも会えるのでは、という思いがあり、それを期待したのだ。
「なんでなの…」
同じ言葉を繰り返す。そうすることしかできなかった。
「…俺には無理だ」
鼻をすする音でよく聞こえなかった。
「え…?」
顔を上げてじっと相手の顔を見る。
「俺には、霊を呼び戻すことはできない」
俺にはって…?
「どういうこと…?」
「霊媒師ってしってるか?」
「…知らない」
「霊媒師は霊を自分に憑依させる能力を持つ人間のことだ」
「ひょうい…?」
「霊を自分に取り憑かせることだ」
それって、つまり…。
「霊媒師なら君の言ったことを叶えることができる」
「ほ、本当!?」
思わず立ち上がってしまう。
「ああ」
「どこに行けばあえるの?」
「答えるから、座ってくれ」
そう言われて我に返り、椅子に腰を下ろす。
「霊媒師自体、数が少なくてどこにでもいるわけじゃないんだ」
「そうなの?」
遠くまで行かなければならないってこと?
「この街に住んでるのか?」
涼華は首を小さく振った。
「どこに住んでるんだ?」
そう訊かれて戸惑ってしまう。知り合ったばかりの男性に住んでいる場所を教えるのはなんだか気が引ける。でも、教えなければ霊媒師のところにも行けない。
「松境です…」
「松境か…」
青井は遠くを見るような目になり、考え始めた。何を考えているんだろう…。たぶん松境から一番近い霊媒師の場所だろうけど。そんなに少ないのかな霊媒師って。
「…月鏡寺だな」
「げっきょうじ…?」
「松境から二時間くらいの場所にある寺だ」
二時間か…遠い…。
「どうする?」
「え?」
「行くのか?」
その質問に答える迷いはなかった。
「行く」
遠くても家族に会えるのならー
「そうか、それなら俺も行く」
予想もしていなかった言葉に目が丸くなった。
「行ったことないんだろ?俺は何回か行ったことがあるから、案内する」
行ったことあるの?…あるから霊媒師がいるって知ってるのか…。
「そう…ありがとう」
「それでいつにするんだ?」
「えっと…」
急に決めたから、いつ行くかまでは考えていない。会社が休みの時じゃないと駄目だし、そもそも休日は日曜日しかない。ブラック企業だから休みをもらえないだろうし…。ちょっと考え、相手の都合に合わせることにした。
「えっと…青井さんの都合に合わせます」
「俺に合わせてくれるのか?」
今度は相手が考え始める。やっぱりみんな忙しいんだ…。もしかして、彼もブラック企業にいたりして。そう思った時、答えが返ってきた。
「本当に急で申し訳ないんだが、明日からはどうだ?」
明日から!?
「明日から三日ぐらいの予定でどうだ?」
「どうして三日なの?」
「霊媒師だって一日に何人も霊を憑依させることはできないんだ」
「何人もって…」
そんなこと一言も言ってないのに、どうして…。
「会いたいんだろ、家族の霊にも」
「…うん」
本当は悪霊よりもずっと会いたい。
「それなら三日ぐらいは必要だ」
「明日からっていうのは?」
「それは俺の都合で実は今日から一週間、会社から休みをもらってるんだ」
「休み…」
…うらやましい。
「明日からで大丈夫か?」
どうしよう…。少し困ってしまう。いきなりというのもあるが、三日というのが大きい。今日は彼と違って無断欠勤、月曜日、火曜日と立て続けにやすむのは…。上司の顔が頭に浮かぶ、一度にこんなに休んだら何て言われるか…。
一瞬怖じ気付いたが、首を小さく振った。だめだ、こんなこと考えてたらいつまでたっても家族に会えない。どの道三日かかるんだったらいつ休んでも同じだ。
「大丈夫、明日から行く」
はっきりと言った。
「わかった。俺もそのつもりで準備しておく」
「何か持っていくものとかある?」
「泊まりだから着替とかかな」
「それだけ?」
「いや、もう一つある」
そう言うと青井は鋭い目つきになった。
「二十年前の事件に関係する物だ」
心臓が止まったかと思った。
「二十年前…?」
「霊媒師が霊を憑依させるにはその霊が関係する物が必要なんだ」
そんなこと言われても…。二十年前の事件は思い出さないようにしていたぐらいなのに、それに関係する物なんか持ってるわけない。
「何かないか?当時の記事とか写真とか」
「そんな物ー」
突然閃いた。
「ちょっと待って!」
バッグの中を探り、スマホを引っ張り出す。検索画面に思いつく限りの言葉を打ち込んだ。
「…あった!」
スマホを青井に突きつける。画面には当時の屋敷の写真が映っていた。
「これでどう?」
彼はしばらくスマホの画面を見つめたあとに答えた。
「たぶん大丈夫だと思う。でもこれだと悪霊しか呼べないと思う」
「どうして!?」
「あの事件を起こしたのは悪霊だから、この写真から伝わってくるのも悪霊に関係することがほとんどなんだ」
「じゃあ、家族を呼ぶためには…」
「家族に直接関係する物が必要だ」
「そんな…」
涙が溢れてくる。あんまりだ…せっかく会えると思ったのに…。
「アルバムとかないのか?」
「アルバム…」
アルバムは引っ越しの時に置いてきてしまった。今から実家に帰って取ってくるわけにも…。
「…あ!」
思い出した。たしか一枚だけ家族全員が写った写真を持ってきたはず。
「あるのか?」
「一枚だけあったとおもう」
「その一枚を忘れずに持ってきてくれ」
絶対に忘れない。絶対に。
「あと、これはどっちでもいいんだけど…」
「まだ何か持って行く物があるの?」
「連絡先とかはどうする?一応交換しておいた方がいいか?」
「連絡先…」
つまりメールアドレスの交換ということか。うーん…。やはりこればかりは気が進まない。名前と住んでる駅を教えて、おまけにメールアドレスまで交換したら個人情報ほとんど伝えてしまうようなものだ。たとえ彼が信用できる人間であったとしても、まだそこまで親しくない。
「嫌なら俺の電話番号だけ教えるのでもいいけど」
彼女の気持ちを察したように青井は言った。それならいいかな…。
「じゃあ、電話番号だけ教えて」
涼華の言葉に彼はポケットからボールペンとメモ帳を取り出した。
「…はい」
破ったメモ用紙を一枚差し出される。
「ありがとう」
紙を受け取りバッグにしまった。
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