第30話

 「お待たせいたしました」


横座りになってからそんなに時間が経たない内に住職が戻って来る。油断していた涼華は慌てて正座になった。


「準備が整いましたので、ご案内いたします」


「俺はここで待ってる」


青井の言葉に涼華はうなずいた。


 部屋を出て歩いていると少しずつ緊張してくる、理由はわかっていた。もうすぐで会える…。


「こちらへどうぞ」


最初いた部屋から五つ離れた部屋へと案内される。中に入ると中央に老婆がいた。


「どうぞお座りください」


住職が老婆の前に置いてある座布団を手で示す。再び正座になり、霊媒師と思われる人物と向かい合った。


「初めまして。青井節と申します。本日は遠いところをおいでくださりありがとうございます」


「いえ…こちらこそ、よろしくお願いします」


緊張で声が震えている。


「孫からお話は伺っております。複数の霊とお会いしたいとか」


「あ、はい…」


「どちらの方でしょうか?」


「えっと…」 


家族に会いたい、でも悪霊を最後にするのは後味が悪い気がする。ちょっと考えバッグからスマホを取り出した。


「こちらなのですが…」


二十年前の屋敷の写真を画面に映し、霊媒師に差し出す。


「なるほど…」


スマホの画面を見つめながら彼女は言った。


「かなり強い邪気を感じます。もしや、お会いになりたいのは悪霊ですか?」


「はい」


涼華が返事をすると節はさらに質問を続けた。


「なぜ、悪霊に会いたいのですか?」


あまり訊いて欲しくないことだが、答えるしかない。彼女は二十年前の出来事と、なぜ会いたいのかを話した。


「あの、会えますか?」


「はい。今から霊を呼びますので、あまり音を立てないでいただけますか?」


「わかりました」


節はスマホの画面をじっと瞬きせずに見つめた。涼華も瞬きするのを忘れて彼女を見つめてしまう。


「うぅ…」


突然唸り声を上げたかと思うと項垂れ、腕を畳に降ろした。何が起きたのか理解できないでいると節は顔を上げた。しかしその表情は明らかに違う。目つきが鋭く別人のようだ。


「なんだい…」


「……」


「わさわざ呼び出したりして」


もしかして悪霊が取り憑いているの?


「あの…、あなたはあの屋敷にいた霊ですか?」


確認のために訊いてみる。


「そうだよ」


「あなたがわたしの家族を…こ、殺したの…?」


「そうだよ…」


目を大きく見開いた。青井から聞いてはいたが、実際にそのショックは凄まじいものだった。


「どうして…。どうして、そんなこと…」


「あの屋敷が欲しかったからに決まってるじゃないか。あんたたちは邪魔だったんだよ、だから殺したのさ。あのじいさんもわしが病気にしてやった。みんな殺すつもりだったのに、あんたともう一人の子は殺し損ねちまったがね」


その言葉に悪霊は薄ら笑いを浮かべた。屋敷が欲しかった…それだけ…?それだけのために、この悪霊の身勝手な思惑のために、わたしは家族を失ったっていうの…?手を固く握り締める。今までに経験したことの無い怒りが彼女の心を支配する。血管が脈打つのがわかるほどの激しい怒りがー。


「このクソババァ!」


次の瞬間、相手の服を鷲掴み押し倒した。


「わたしの家族を返せ!!」


「無理だよ…」


薄ら笑いを浮かべたまま言われる。


「落ち着いてください!」


側にいた住職に肩と腕を掴まれるも、涼華は完全に無視した。


「わたしが死んだら、真っ先にあんたの所に行ってぶん殴ってやる!蹴飛ばしてやる!」


激しく怒鳴りつけるが、相手は顔色一つ変えず、薄ら笑いを浮かべたままだ。


「待ってるよ…」


「あんたがいなければ、ずっとみんなと一緒に暮らせたのに!こんなに苦しまなくて済んだのに…!」


「あんたも死ねばよかったんだよ…」


その一言に完全に理性を失った。絶叫して、自分を掴んでいる住職の手を振り払い、拳を高々と突き上げた。殺してやる…!


相手が霊であるということさらも忘れてしまうほどの、激しい怒りと憎しみだった。悪霊めがけて拳を振り下ろす、しかしなぜか途中で腕が止まった。


誰かが自分の腕を強く掴んでいる、住職ではない誰かが。


「落ち着け!」


背後で青井の声が聞こえる。


「離して!」


必死に彼の手を振り払おうとするも、自分よりも力が強いためできない。もう片方の手で殴ろうとすると、そっちも掴まれてしまった。無理矢理立たされ、そのまま部屋の外に引っ張り出される。


悪霊が見えなくなるまで暴言を吐きつづけた。

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