第13話 スマトリア家
何を言っても無駄だ。
もう息子の事は放っておいて欲しい。
俺は心からそう思う...【勇者にしない】それが唯一彼奴に対する謝罪になる。
そんな事も解らないのか。
誰も人の心が無いのか、本当にそう思う。
息子は心が傷つき壊れている。
それなのに、俺の考えでは必死に【人を憎まないでいよう】そう思っている筈だ。
セレナは凄く優秀だ。
幾ら王女に思われていたとしても、そう簡単に婚約者などにはなれない。
当家は伯爵家、確かに貴族としては上級貴族にはなる。
だが、上には公爵家、侯爵家がいる。
普通に考えて、この婚約は考えらえないだろう。
だが、王はあっけなく、マリア様の願いを聞き、息子を婚約者に選んだ。
それは、息子の商才やその能力に目を向けたからに違いない。
貴族の息子でありながら騎士と戦っても負けない程の剣を使い。
僅かなお金を短期間で流用して多額の利益をもたらす。
彼奴なら、帝国にいっても聖教国にいっても活躍は出来る、その位の能力があるんだ。
いや、それすらも嫌なら、もっと遠くの国に行けば良い...それだけだ。
遙か遠くには【勇者の存在】も知らない国すらあると聞いた事もある。
そこまで行き、自分の才能で勝負すれば、多分彼奴なら必ず幸せを手に出来る筈だ。
つまり、彼奴があの場所で、そんな生活をしている理由は無い。
それこそ、遠くに行くだけで幸せになれるのだ、あんな場所でゴブリンみたいな生活を送っている意味は全く無い。
きっと彼奴は戦っているんだと思う。
恐らくは自分の中の憎しみと...
彼奴が人を許せるまで、今は待つしかない。
今、彼奴に必要なのは謝罪だ。
利己的な理由で無く、心からの謝罪だ。
それを行い、あとは時間が解決してくれるのを待つだけだ。
それ以上の事は今はしてはいけない。
今は謝罪以外をしてはいけない。
多分、今回の話し合いは、最悪の事態を招くかも知れない。
そんな事に誰も気がつかない。
目の前の【魔族】という恐怖のせいで魅了がとけても頭が回ってないのだ。
その証拠に誰もが息子に【謝罪】をしてない。
最初の騎士もジェイクも謝罪を一切していない。
最初の騎士はただの使い走り感覚、ジェイクは条件さえ合えば来るだろう...そんな考えで使いにいった。
もし、ジェイクが息子の為に謝罪をしたら...
王にしたように五体投地をしたら、何かが起きたかも知れない。
だが、既にもう遅い。
ここまで謝罪をしなかったのだから。
恐らくローゼン殿の交渉は破綻する。
一番大事な物...【謝罪】が欠けているからだ。
勇者が死にました→貴方なら助けられますよね→お金や報奨は幾らでも払うから助けて
こんな話で虐げられた者が許す筈がないだろう。
俺だって許さない、そんな当たり前の事に【賢王】と呼ばれた王に知将と言われたジェイクも気がつかない。
多分、洗脳に近い魅了が解けても本調子でないのかも知れない。
それが解らない時点で交渉は無理だろう。
だが、それよりも問題はある。
娘のアイナだ。
アイナは正直いえばブラコンだった。
小さい頃は「兄さま」「兄さま」とセレナを追い回し。
大人になってからも「お兄様以上の人じゃ無いと結婚は考えられません」という位のブラコンだ。
だが、それもあのソランの魅了のせいだろう...ソランの側室になり、事もあろうに、自分の行為をセレナに見せつけ罵倒していた。
今思えば、アイナは「お兄様の件は納得いきません」と言い、何度もマリア姫に抗議しソランに文句を言いに言っていたから、そこから魅了されて【そういう関係になった】のだろう。
アイナにしては大好きな兄を裏切り、卑猥な行為を見せつけた挙句、子供まで妊娠して...結局は兄の居場所を奪った。
自分を許す事は出来ないだろう。
神を俺は恨む...どうせ魅了させるなら、その効力は死んだ後も続くようにするか、記憶を奪うべきだ。
記憶を持ったまま元に戻るのでは、その後は...ただの地獄だ。
「うううっうぐううううーーーっ」
本当にそう思う。
「ううううーーーっ」
私はね、そのせいで沢山の物を失ったよ。
妻がね、家に帰って来たら...だらしなく部屋でぶら下がっていたんだ。
「ううっうううん」
寝室の天井からね、貴族の家の使用人は敵から家主を守る。
そういう仕事を得意とする者も雇っている。
その為、毒をつかったり、あっさりと死ぬ方法をしようとしても蘇生されてしまう。
だから、妻は私が忙しくて夜帰って来ない時を狙って首吊り自殺をしたんだ。
「ううっうんぐううん」
それを見た時もショックだったが、さらにショックだったのは娘のアイナがね孫のリリの首を絞めていた事だ。
リリはもう死んでいた。
これも同じく寝室でだ。
使用人が周りに居なくなるのは夜の寝室しかない。
だから、妻と同じ様に、この時間を狙ったのだろうな。
リリはアイナに似ていた、ソランには全く似てない。
父親が幾ら憎い相手でも、孫は孫、可愛いのだ。
だが、もう既にこの世にいない。
アイナは...平然と死んだような目でただ死んだリリの首を絞め続けていた。
「アイナ、お前が辛いのは解る」
顔に十字の傷をつけ、憎悪の目で別れの挨拶に来た、セレナの顔は今でも私も忘れられない。
そして、その原因の一端は我々家族にもある。
婚約者を寝取られて、その姉に暴行を加えようとしたと無罪の罪を着せられ...あまつさえ妹はその罪を着せた男と愛し合う様になり自分を罵る。
本来は味方の筈の、父である俺や母親も、相手の男の味方。
この世界に味方は誰もいない。
王や貴族は勿論、嘘だらけの触書まで流されたら、市民からも蔑まされる生活。
此処までした人間に助けを請う事が間違いだ。
本来ならセレナに頼らず、魔王や魔族と自分達で戦い。
純粋に【許しを請う】それが人として当たり前の道だ。
勇者として戦って欲しいから【謝る】それは違う。
そんな見え透いた事をしていれば、謝罪など受け入れる筈はない。
多分、勇者にセレナがならなければ、マリア様やマイン様達は解らなぬが、他の王や貴族はセレナに謝罪等しなかった筈だ。
「ううぐうううっ」
「なぁ、死のうとするはよせ」
此処は寝室で、アイナには猿轡をして手足は鍵付きの鎖でベッドに繋いである。
こうでもしないとアイナは死のうとするのを止めない。
「うぐっうううううんふぐーーーーーーっ」
「アイナ、良く聞け、今もセレナは辛い日々を送っているんだぞ? 死に逃げてどうする? 今のセレナの生き方はまるでゴブリンの様な行き方をしているそうだ」
「うーーーっ?」
「死ぬ事は逃げだ、そんなセレナを見捨てていく事になるだけなんだ」
「ううっ」
「なぁ、もう彼奴の家族は、俺とお前しかいない、リリを殺した事も俺は許そう...だがなお前や俺が死んで逃げたら彼奴はどうなるんだ? 多分一生あのままだ」
俺は猿轡を外した。
「死にたければこれ以上は止めない、だがそれは償いをせず逃げただけだ...それで良いのか、よく考えろ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーん、兄さまーーーっセレナ兄さまーーっ」
悲痛な声がこだました。
だが、一しきりアイナは泣くとポツンと言い出した。
「こんな...わたし..でも出来る事はあるのかな...」
「それはこれから一緒に考えよう」
「お父様...」
だが、どうして良いのかは俺にも解らない。
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