第9話 ジェイクの誤算

ジェイクは自分の部下10名と王族用の馬車を用意してセレナの元に向った。


リチャードが自分の命と家族の命を賭け手にしたチャンス逃す訳にはいかない。


リチャードが戻って来るのに要した時間は3日間。


王命を受けすぐに出たが時間としてはギリギリだ。


聞いた話では、世捨て人の様な生活をしていた様だから、必要と考えられる全ての物を馬車に詰め込んだ。


恐らく、その様な生活であれば、金子(きんす)より食べ物や衣服の方が価値があるだろう。


そう考え、豪華な食材などを中心に用意した。



部下であったリチャードについて考えた。


地味で目立たないが職務に忠実なある意味【一番騎士】らしい人物だった。


腕を無くすと言う事は【騎士でなくなる】という事だ。


両手剣を使えない時点で名ばかりの騎士になる可能性が高い。


片手でも強いなんて人物は、歴史上の剣豪にしかいない。


ましてリチャードはもう齢だ、此処から片手剣のみで強くなる事等叶わないだろう。


片手を失ったら、騎士でありながら戦えない騎士となる。


王は慈悲深いから、首にはならぬが残りの人生は事務方となる。


つまり、彼奴はあの短時間で、自分の未来を捨てた事になる。


そして、国に帰ってからは、家族を手に掛けた。


【非人道的】そういう奴もいるかも知れないが...


なら、どうすると言うのだ...それしか勇者を繋ぎとめる方法が無いのなら。


彼奴は結局、自分を捨て、家族を捨て国の為に生きた。


そんな人間からバトンを渡された俺は失敗等許される訳が無い。



だが、大丈夫なのだろうか?


リチャードが命を賭して手にしたのは【王国に来て貰う約束だ】


【勇者として戦う】約束では無い。


あくまで城まで来る約束だ。


どう考えても恨んでいる。


いや、俺がセレナの立場で恨まないか...そう言われれば必ず恨む。


そして、絶望して国を嫌うだろう。


もし、彼が帝国か聖教国にいき幸せにその後なっていたら違うかも知れない。


だが、報告を聞いた限りでは【世捨て人】になっていた。


恐らくは、人その物が嫌いになったのだろう。


そんな人間が果たして人を救うだろうか?


どう考えても無理だ。


俺はあくまで騎士の長にしか過ぎない。


連れ帰った後の事は王や貴族の考える事だ...俺の考える事じゃない。



セレナの住む洞窟についた。


「これが、セレナの住む洞窟なのか? どう見てもゴブリンの巣にしか見えないぞ...間違いでは無いのか?」


「ジェイク様、前の時は私も同行しました、此処で間違いはありません」


本当に只の洞窟だった。


外に焚火の跡があるが、ただそれだけだ。


冒険者の野営だって、もう少し何かあるだろう。


此処には何も無い、只の焚火の跡と獣の骨。


事前に情報が無く此処に来たなら間違いなく魔物の巣、そう判断するだろう。


俺が見ていると奥から、本当にみすぼらしい男が出て来た。


一番近い言葉は、人間がゴブリンになるとこうなる、そういう姿だった。


王都のスラムの住民だってもう少しましだ。


だが、この男からは更に腐臭に近い物が漂ってきた。


そして、目が腐った様に曇っている。


この様な目をした人間を見た事が無い...バスチール牢獄の囚人すらこんな目をしていない。


騎士である俺は目を見る癖がある。


光も無く、見ているとただただ鬱になり相手の技量すら解らない。


「約束の7日目だ...あの騎士の腕の駄賃だ、話を聞こう」


焚火の近くによく見ると人間の手の様な骨があった。


《まさか、此奴リチャードの腕を食ったのか》



「なんだ、その目は...流石に人は食わぬ、ただ火にくべた後に獲物をとるエサにした、それは残骸だ」



「貴様リチャードの手を、騎士の手を」


「貰った物をどうするかは自由の筈だ、その対価に此処にいる」



「貴様ーーーっ」


濁った眼でセレナは見つめていた。


「何度もいう...斬りたければ斬れ、構わぬと言っておる」



解ってしまった。


此奴は生きている事すら、もうどうでも良いんだ。


絶望し、愛する者に裏切られ、全てを失った。


もう、死ぬ事すら怖くない。


セレナ殿が王都に居た時は騎士をも上回る剣士だった。


勇者等とは流石に比べられないが一流の強者だった。


もし、俺と戦えば必ず俺が勝つとは言い切れない程の猛者だった。


逆を返せば、そこ迄の人物では無ければ王族の婚約者等に成れない。


そんな人物が無防備で立っている。


俺でなくても騎士であれば今のセレナなら楽に斬れそうにしか見えない。


昔し変なカードゲームで【王に勝てるのが貧民】そんなゲームがあった。


貧民は何も持たないから、王に勝てるという変なルールだった。


俺はあのゲームに違和感を感じていたが...今解った。


多分、あのゲームを作った人間は、今のセレナの様な状態の人間を見た事があるのだ。


貧民街やスラムの人間でなく、今のセレナなら、王に勝てる。


命すら要らない人間なら王の命令等怖くない。


まして市民でも無く、何処の国も領地にしないこんな森に住むのであれば、誰が彼に命令が出来よう。


そういう事だったのだ...俺は今本当の【何も持たない貧民】を見た。


リチャードが俺にチャンスをくれて良かった。


あれが無ければ、此奴を王国に連れていくだけでもう無理だろう。



「ああ、すまない、話を聞いてくれ」


「勝手に話すが良い...」


「まずはこれを見て欲しい」


俺は樽をあけ、三つの首を見せた。


「これがどうかしたのか?」


「セレナ殿は、リチャードが妻と子供を殺せば【城まで来る】そう言った筈だ」


「この首を持ってきたのはお前だな」


濁った眼が俺をただ見つめてきた。


闇に吸い込まれそうな程の恐怖が俺に走った。


恐らく、此奴は弱い、昔と違って手足が細くなっていてあばらも見える程やせ細っている。


だが不気味な怖さがある。


「そうだ、リチャードは約束を果たしたんだ、セレナ殿には城に来て貰う」


「誰が約束を守ったというのだ?」


「リチャードが守っただろう」


「そこの首の騎士か?」


「ああ、そうだ騎士が自分の死、家族の死を持って守った約束...たがえる事は許さん」


「守ってない」


「何を言い出すんだ、卑怯者」


「守って無いと言っておる」


「嘘つくんじゃねー、貴様殺すぞ」


事情は解らんでもないが、命を課した約束をたがえる事は許せなかった。



「殺すのは構わんが、そこの騎士、もし頭が鳥で無いなら、俺が言った事を思い出せ」


「何を思い出せというのだ」


騎士は怒りの目でセレナを見たが、セレナはその腐った様に濁った眼を逸らさない。



1人の騎士が手を挙げた。


彼は情報関係の仕事をしていた騎士だった。


その為、記録水晶を持っていた。


重要な話なので、あとでセレナに言ってないと言わせない為にこっそり記録をとっていたのだ。



「私がその時の会話を記録しております」


怯むことなくセレナは言い返す。


「ならば、その会話を聞かせてみよ」



騎士は記録水晶を掲げる。


すると水晶から声が聞こえてきた。


水晶には映像もあるが、小さく覗かないと見えない。


ジェイクは水晶を覗いているが...声は他の騎士にも聞こえている。



【記録水晶から】



「何でも言う事を聞く、だから同行してくれぬか?」


「何でも聞くのだな? お前に家族は居るのか?」



「ああっ、妻と子供がいる」


「ならば、その二人の首を持ってくるのだ、持ってきたら城まで行ってやろう」


「お前は狂っている」


「ああ、そうかも知れぬ、知っている...だからこそ何処の国の物でも無い此処で暮らしておる...私は人間が嫌いなのだ、故に王に等会いたくはない、放って置いてくれ...」



【終わり】



「これの何処が約束をたがえた事になるのだ」


周りの騎士は気がついてしまった。


【約束を守っていない事に】



「その三つの首を持ってきたのはだれだ?」


「俺だ...?」


「気がついたか? 私は【その二人の首を持ってくるのだ、持ってきたら城まで行ってやろう】そう約束した、その騎士は首を持って来るどころか死んでいるではないか?」


「だが、此奴は死を賭して...」


「そんなの解らんよ...私を城に来させる為に、誰かが殺して持ってきたともとれる」


「そんな事する訳が無い、此奴は俺の部下だ」


「人など信じぬよ、俺を裏切った奴が誰か考えろ、俺はだれも信じぬ」


駄目だ、セレナは誰も信じない、そんな人間に騎士の絆など幾ら語ろうが無駄だ。


だが、どうすれば良い、王はリチャードに心から感謝し【英雄墓地に祭る】そう言っていた。


貴族も美談として話していたから、もう噂はあちこちで広まっている。


俺も本来は王の前に帯剣させる等、無茶をした。


最早、リチャードの話は美談で終わらせるしかない...


それじゃ、その上でセレナを連れ帰れない俺は....どうすれば良いのだろう...


最早、絶望しかない。


リチャード、お前は...良い騎士だった、だが詰めが甘かった。


俺は...



「そちらの間違いだったのは明白、約束の7日間は待った、それじゃぁな」


「待て、何処に行かれると言うのだ!」


「約束の期間は待った、何処に行くのも勝手な筈だ」


「頼む、いや頼みます、今暫く此処に留まってくれませんか?」


「それで代償は」


「いや、少し考えさせてくれ」


「お前はあの馬鹿な騎士にも劣るようだな」



「貴様、ジェイク様を愚弄」


「良い、今考える...そうだ、この剣、魔剣エグゾーダス、これで1週間待ってくれ」


「ジェイク様、それは」


「我が家の家宝だ...それは三代前の王から祖父が下賜された物だ、今の俺にとっては命の次に大切な物だ」


「魔剣エグゾーダス、聖剣の次に強いとされる、人類が作った最強の剣...ならばまた7日間此処で待とう」



背に腹は変えられない、あとで屋敷でも奴隷でも何で差し出して買い戻せば良い。


勇者なのだから聖剣が手に入れば無用になる。



「助かる」


セレナは手渡されたエグゾーダスを抜き岩を中途まで斬った。



岩を斬るなんてやっぱり揉めなくて良かった。


昔の剣技は健在...そして勇者の力も間違いなく宿っている。


俺ではあそこ迄使いこなせない。


だが、何で岩の中途に刺さったままにするのだ。


嫌な予感がした。



セレナは軽く飛び上がり岩に刺さったエグゾーダスに蹴りを放った。


その瞬間にエグゾーダスは折れてしまった。




馬鹿な、エグゾーダスはミスリルにアドマンタイトを混ぜて作られた不破の剣だぞ。


破壊するには聖剣で斬るしかないとまで言われた物だ。


それを岩に刺して折るなど...化け物...いや流石は勇者という事だ。


だが...俺は。



「あああっ、俺のエグゾーダスが」


「お前はこれが命の次に大切だと言った、前の騎士は馬鹿だったが俺の気持ちを解って【自分の命と命より大切な物を差し出した】こんな物は対価にならない、だが特別に7日間待つ、これが最後のチャンスだと思え」



「あああああっ」


「時間が無い...早く出て行かなくて良いのか?」



最早どうする事も出来ない。


この大失態をどうすれば良いのだ...


俺にはもうどうして良いか解らない

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る