第15話 ローゼンの失敗とマインの謝罪
宰相のローゼンは自分の目を疑った。
これが、あのセレナなのかと...
今迄の人間と違って自分はセレナとは親交があった。
彼の父親のスマトリア伯爵とはチェス仲間だ。
その為、お互いの家を何回も行き来した事がある。
彼が小さい頃にはせがまれて本を読んであげた事すらある。
何より、自分はセレナの追放には荷担していない。
最悪、情に訴える事も可能なのでは無いか?
そう思っていた。
どんなに歪もうと、あの正義感に満ちて心優しい貴公子ならば、心の片隅に優しさがあるのでは無いか、そう考えていた。
だが、見た瞬間に解ってしまった。
【これは別人だ】と。
本当に別人では無い...その位変わり果てていた。
貧民や奴隷所で無い、そのみすぼらしさは、最早人でなくゴブリンのような生活をしていたのが良く解る。
服も良く見れば、布で無く何かの皮で出来ているように見える。
奴隷ですら衛生の為に水浴びをするのに、この男はそれすら滅多にしないのであろう、近くに寄ると血と腐った臭いがした。
「これはこれはローゼン様、お久しぶりでございます」
可笑しい...ジェイクの話とは違い、普通に対応してくれそうではないか。
「こちらこそ、ご無沙汰ですな、セレナ卿」
「今は貴族ではありません卿はおやめ下さい」
「そうか、ならセレナ殿と呼ばせて頂こう」
「父の友人だったローゼン様であれば、その辺りの呼び方が良いと思います」
話が違うでは無いか...しっかりと礼儀が出来ておるではないか。
「少し、お待ちください、茶でも入れますゆえに」
「これは、何ですかな?」
「ドクダミ茶です、この辺りに群生していますから」
本当に美味そうではない...だが茶を入れたという事はもてなしをしてくれた、そう言う事だ。
これで少なくとも【交渉という名のテーブル】にはつけた、そう言う事だ。
ローゼンは此処に来て初めて、ほっとした。
「それで、今日のご用向きは?」
「セレナ殿、それは意地が悪いと言う物だ、貴殿が勇者に選ばれたのだから、こうして足を運び迎えにきたのだ」
「宰相であるローゼン様自らが来られた、成程」
「なぁに、私が立場が上なのは今だけだ、貴殿が正式に勇者になれば遙かに上の存在になる」
「成程、それでローゼン様が来たという事はただの迎えではなく話があるのではないか?」
これの何処が、組みにくい人間なのだ...そうかセレナ殿は私に対して情があるのだ。
それが恐らくはその差なのだろう...これなら上手くいく。
「ああっ勿論だ、私が間に入ったのだ、勇者になって頂く為に莫大な報酬を約束させてきた、きっと気に入ると思われる」
「ほう、それはそれは」
何だ...急に雲行きが変わった気がする。
なんだこの目は...何も喜んでいない...
これがジェイクが言っていた腐ったような暗い闇に見えたという目か。
今迄沢山の交渉事をしてきたが、相手の心情が読めないのは初めてだ。
各国の王、凄腕の商人、それ以上に組みにくい。
「ああっ、それでだが...」
私は、国で詰めてきた話をそのまま話した。
「成程、それでは、此処までは、父の友人で小さい頃の私に優しく接してくれたローゼン様との会話だ、此処からは国から来た使いを相手にする会話に切り替えよう」
「あの...それでは?」
「ローゼン様、いやローゼンお前...舐めているのか?」
「そんな、私は友の息子の為に、国として最大の譲歩をとりつけてきたんだ」
なんでそんな顔されたのか解らない。
「まず大公の地位だが、これはどうなのだろうか? 勇者であれば神の使い、実質は教皇様や王様より実権は無いが、あくまで形上は教皇より上の筈だ、実際にソランはあそこ迄好き勝手が許されていた、勇者引退後は兎も角、今は寧ろ本来の役職の地位より下ともとれるが、どうお考んがえか?」
そうだ、勇者は神の使い...実際に政治に参加しないが、儀礼の場では教皇様すら跪いて挨拶をする。
ソランが【爵位】を欲しがり与えていたから、忘れてしまっていたが確かに【収入も無く、政治に参加できない】がこの世で一人、教皇様ですら跪かせる事が出来る最上級の地位ともいえる、しかも今の教皇様は《勇者至上主義》教皇様が目上と判断する人間を王の下に置くのが間違いともとれる。
「確かにそうですが、勇者を引退されたのちの生活の為には上位貴族になられた方が良いと思います、金銭面でも安定しますゆえ...」
「しない」
「えーと、それはどういう事でしょうか?」
「勇者の地位を仮に俺が手に入れたら、死ぬまで引退しないし...その地位をもとに政治にも参加する、これで大公の意味はなくなる」
「ですが、そんな事した勇者様はおりません」
「だが、してはいけないとは何処にも記載はない筈だ...教皇様より上なら全ての国に内政干渉ではなく政治に参加できる筈だ」
不味い、今迄の勇者でこんな事を言い出した人物はいない。
精々が王女と結婚して王となる位だった。
だが、確かに勇者が世界で一番偉いのなら、出来る可能性がある。
しかし、何故こうも話すのだ...情報では今のセレナは余り話が得意とは思えなかったが。
「確かに言われる通りです、だがソランは爵位を望まれた、もし望めば最高クラスの爵位を渡す...そうお思い下さい」
「成程、それで次だが、確かにマリア様、マイン様 リオナにアイナは、その国で親交のあった女性たちだし、今の俺の頭で考えるならそれ位しか考えられない、だが今の俺の年齢は既に33歳だし彼女達も30代前後で妊娠経験者だ」
※この世界の人族の寿命は50~60位です。
「ですが、その...」
「よく考えてくれ、今の俺はこんな状態で女性を愛する事はしない人生を歩んできた、ローゼン殿には妻がいるよな?」
「はい、おります」
何が言いたいのだ。
「どんな会話をする?」
「昔話や日常的な会話を良くしますなぁ~」
「よく考えてくれ、俺は33歳、あと7年もすれば40歳なのだよ、もう良い歳だ、この年代の夫婦や恋人がいたとしたら会話は昔話になり、性欲よりも茶を楽しみ趣味を一緒に楽しむそういう時間を楽しむパートナーになる筈だ」
※あくまで寿命が50~60なので...
確かにそういう年代だ。
「ですが、これから、それは」
「男として話す【昔の王ノブーナが言う人生50年、夢のごとし】として15年を彼女達は別の男性と過ごした、これから仮に、心底俺を愛してくれたとして、何を話せば良い? 俺と彼女達はこれから一から生活をスタートするにしても、彼女達には他の男と過ごした15年の記憶が殆どだろう、そして俺には憎しみ続けた15年しかない、人生の約1/3がそれなのだ」
確かに男としてはきついだろう。
如何に【愛した女】とはいえ他の男の女になって15年。
しかも、セレナ殿は、汚らわしい行為を何回も見せられ絶望すらしたのだ。
私が妻と15年引きはがされて、他の男に抱かれ子供を出産した後に返されたら...確かに愛せるか自信が無い。
だが、セレナ殿にとって親交があり好いていた女性は他には思いつかない。
「ですが」
「解っておるよ...確かに俺がもう一度誰かを愛するなら、その4人の可能性が高い、だが今の俺に愛する自信は無い...目にしなければ解らぬが【憎しみ】【悲しみ】【殺意】【愛情】どれが出るか解らない...女々しい事に【逢いたい】そういう気持ちもある、だが【憎らしい】その気持ちもあるし【汚らわしい】という気持ちもあるし【愛おしい】そんな気持ちもある...最悪は殺してしまうかも知れぬ」
「こちらが無神経でしたな、お詫びいたします」
「よい...確かに俺の頭の中にはその四人しか住んで無いのも事実だ」
「ならば、王妃以外の女性を当人や周りの意思に関係なく5名正室もしくは側室に出来る権利がありますぞ」
「ローゼン考えてくれ、今のお前は12歳~18歳の女と話て楽しいか? それに王国の美しい美貌を持つ者の多くは彼奴の血縁者では無いのか?」
ああっ確かに33歳なら、そう考える人間がいても可笑しくない。
私にとってはその年齢の人間は、子供や孫にしか思えない。
「たしかに、ならばこれは他国迄含ませます」
「ほ~う、それは帝王の赤髪の娘や教皇様が溺愛する娘、聖少女と言われる方も含むのだな」
「それは流石に..」
「出来ぬな、解って言ったんだ、気にしなくて良い、ここは交渉の場だ無意味な発言はよせ」
駄目だ、もう二つの条件が事実上却下された。
ならば...
「金貨4万5千枚(約45億円)も少なすぎる」
「確かセレナ殿、年間金貨3千枚の収入がだったはず、ならば15年で」
「余り、金の事は言いたくないが、前年日240%で我が商会は稼ぎが上がっていた、つまり翌年には倍以上に成長していた、その成長率が計算に加味されていない」
「ならば、それは、どの様な金額になるのでしょうか...」
「ざっと計算したら金貨9千万枚以上は、いっても可笑しくない」
「ななっ金貨9千万枚ですか」
「これはあくまで、順調にいってだ、実質はそこ迄たどり着けたかどうか解らない、だが啓示金額では少なすぎるのは商人なら誰でも解る事なのは確かだ、商業ギルドで俺が持っていた商会の価値が幾らか調べるがいい」
終わりだ、結局はセレナを満足させることは出来なかった。
「それじゃ、ローゼン達者で暮らせ」
「あの、最後に一つだけお聞きしてよろしいでしょうか?」
「ん..なんだ」
「何故今回は、色々とお話しくれたのですか?」
「それは、情だな...昔あんたは子供の俺に優しくしてくれた...それと」
「それと?」
「多分、無意志なんだろうが、あんたは俺に追手をかけなかった、最悪の環境とはいえ、まだ貴族だ職務放棄したと難癖をつけて、追ってを差し向け殺されても仕方ない...だがあんたは【捨て置け】といい放置してくれたと聞く、その礼だ」
「そうですか」
「だが、話してがっかりだ..これでもう」
「待って下さい!」
「なっ マイン様?」
「マイン様、馬車から出ぬ約束ですぞ」
「ですが、ですがもう会えないなら、二度と会えないなら...謝罪させて下さい、謝ります、斬り捨ててくれても構わない」
そう言いマインは座り込み首を垂れた。
「それは王家の王女としての謝罪か?」
「はい」
「間違い無いな?」
「間違いありません、私は貴方に殺されても仕方ない位酷い事をしました、国全部で取り返しのつかない事をしました、せめてお詫びをさせて頂きます」
「ならば、その謝罪はひとまず受け取る」
「本当ですか?」
「ああっこれで【城までは行ってやる】」
「有難うございます」
「いい」
何が違うと言うのだ...
何故マイン様だとこんなに簡単に...解らぬ。
この違いにローゼンが気がつくのはまだ先だった。
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