第19話 売らなかったから...パン屋の運命

次の日から王国は大きく動き出した。


法治国家といっているが、此処は王国。


王国である以上王は除外。


それに、王に近い貴族には大きく譲歩した不完全な法律だった。


その為、王や宰相のローゼン、ファスナーは下から手を付けた。


「パン屋の主人、ジョセフだな、ちょっと詰め所にきて貰おう」


「騎士の旦那、今は商売中です、夜にでもお伺いします」


「そうか、なら、夜に妻と息子を連れて来るようにな」


「はい、必ずお伺いいたします」


夜まで待つ。


これがこの騎士の最後の慈悲だった。


《可哀想だが仕方ない...確かに犯罪だったのだ》


パン屋のジョセフが夜、詰め所に家族で伺うと、何時もと様子が違う。


普段とは違う様子にジョセフは驚いていた。


「ジョセフ、お前を貴族法違反で死刑とする、そしてその妻と息子は市民権を剥奪し死ぬまで鉱山送りだ」


「そんな、私が何をしたっていうんですか? こんな罰を受ける様な事はした覚えがありません」


「お前、セレナ様にパンを売らなかったそうだな」


「セレナ...ああっ、ですが勇者に嫌われ、最後には顔に十字の傷を作り国から出て行った様な奴ですよ」


「ちゃんと、お金を払う、そう言ったのにパンを売らなかった」


「当たり前じゃないですか、あの時は誰もが」


「もう、良い、だが、セレナ様は貴族だ、理由もなく貴族に物を売らないのは重罪で死刑、そして家族は性別年齢を問わずに鉱山送りそう決まっている」


「そんな、あんまりだ...あの時のセレナには同じ対応をとっていた筈だ」


「確かにそうだ、だから全ての者がこれから裁かれる」


「そんな、せめて妻と息子は助けて下さい」


「済まぬ」



貴族に理由もなく物を売らないのは重罪であり原則死刑。


そしてその家族も罰される。


これは王国の貴族法にしっかりと書かれている。


その理由は飢饉などに陥った時に食料や資材を農家や商人に囲い込みさせない為の法だ。


戦争等が起きれば勿論物資が不足する。


そんな時でも貴族であれば適正価格で物が手に入るその為の法だ。


あくまで全ては王が最優先、その下に貴族がくる。


どんなに物流が無くても王は飢えない、そしてその次に貴族は飢えない。


この法があるからこそ、貴族はいつでも商人や農民より裕福な生活が送れる。


その為の法だ


最も、最近では貴族が美術品を無理やり手に入れる為に使う事もある。


だが、一方的な物ではあくまで無い、貴族はその対価はしっかりと支払わなければならない。


金貨100枚の価値の絵画には金貨100枚払わなければならない、決して金貨50枚等価値より安く購入などは許されない。


本来はたかがパン如きで使う法律では無い。


こんな事で訴えた人間はセレナ位だろう。


いや、その前に、この法律は商人なら誰もが知っているから貴族にパンを売らないなんて馬鹿な事は誰もがしないだろう。


だが、ソランに逆らい罪人の様に国から扱われていたセレナには誰もがしていた。


【貴族は恐ろしい】そんな事も忘れ迫害していた。


その結果、普通にセレナに訴えられた...それだけだ。


彼等は、決して魅了をされていた訳では無い。


魅了した人間がセレナを迫害していたから【自分達も行って良い】そう思って同調していた。


そう考えるなら他の人間と違い【自分の考えで犯罪を犯した人間】そうとも言える。


完全に自業自得とも思えるが...たかが【パンを売らなかった】その行為がまさか命までもが奪われる事になるとは思わなかっただろう。



「そんな、俺はたかがパンを売らなかっただけなんだ」


「同情はする...俺の同僚でもこれから死罪になる者もいる、だが貴族相手に法を犯した、これは仕方無い事だ」


「そんな」


「あの時は誰もこんな事になるなんて思わなかった、俺もな、だがお前は誰かに【売るな】と命令されたのか?」


「されていません」


「だったら仕方ないだろう? 自ら犯罪を犯したんだ」


あの時、俺は見たはずだ...絶望して悲しそうな顔でうろついていたセレナを。


貴公子と呼ばれ美しかった者がドブネズミのように落ちぶれた姿を見て...いい気味だと思った。


美しい姫の婚約者でお金があって地位がある男が、落ちた姿を見てそう思った。


だが、俺の心の中には【可哀想】そういう気持ちもあった。


なら、ちゃんとパンの代金を持っていたのなら売るべきだった。


持っていなかったなら兎も角、セレナはパンの代金を差し出したのに売らなかった。


「パンを下さい」


震えるような声で言っていた。


「お前なんかにパンは売れねーな」


「何でですか、お金ならあります」


「セレナだから売らねーんだよ」



これは他の人間がやってたから同調しただけ...だが【そうしろ】と言われていない。


なら、【やらない】そういう選択肢もあった。



「あああああーーーーーーっ」


最早叫んでも無駄だ。



「あああああーーーーーーーーーっ」


馬鹿な事したせいで俺が死ぬのは構わない。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ」



だが、俺のせいで家族の人生まで壊してしまった。


修行してお金を貯めて王都で店まで買ったのに全部...終わった。



俺は...大馬鹿だ。



騎士の剣が降り落とされた。



「お父さーーーーーん」


「貴方...」


ごめん...よ。



もう取り返しはつかない。


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