第36話 三人の女
マインが戦場から帰ってきた。
どうにか魔族の撃退に成功して帰ってきたものの、その心中は穏やかでない。
マインは聖女だから回復に徹した戦いをしていた。
本来は聖女は四職(勇者 聖女 賢者 剣聖)のなかでは一番戦いには向いてない。
だが、それはあくまで四職の中での話しだ。
騎士なんて遙かに凌駕する化け物の様な中で一番弱いそれだけだ。
だが【先代勇者】があっさり殺され【氷帝】も敵わない様な新しい魔王軍を恐れた国軍は一切戦場にマインを出さなかった。
後方でひたすら回復をしていた。
聖女の加護があるから、思ったよりは精神的なダメージは無い。
だが、幾ら歳を得たとはいえ、女性。
顔が焼かれて担ぎこまれてくる女騎士。
腕が千切れかかって運ばれてくる兵士。
それらを治療して直ぐに戦場に送り込む...心が痛くて仕方が無い。
死なないから良いという訳では無い、腕をもがれた兵士が【治りましたから戦えと直ぐに戦場に戻される】それを繰り返されたら心は確実に病むだろう。
【殆ど犠牲を生まずに魔王軍を撤退させた聖女】と称えられる一方【自分は戦わず、沢山の人間を非情に徹して戦場に送り込む悪魔のような女】という人間もいた。
マインの市民の評価は二つに分かれていた。
勇者や剣聖がいれば、2人と肩を並べて戦えば多分違った話になる筈だ。
これが先々どうなっていくのかはまだ誰も知らない。
それは別にして、マインは今王宮に帰ってきた。
そこにはマリアにアイナが待っていた。
「どうしたの?二人とも」
「お姉さま、お話があるの...」
「兄が大変なんです」
大変なのは解る、会った瞬間からもうセレナじゃ無かった。
貴公子と呼ばれた面影はひそめ、絶望に満ちた顔。
そしてキラキラと輝いていた目はまるで死人の様に濁っていた。
だけど、これはどうしようもない事だ、その原因を作ったのは意思は兎も角、自分たちなのだから。
「どう大変なのかな?」
マインは話を聞いて固まってしまった。
簡単に言うならセレナに女が出来た。
そう言う事なのだが...その内容が飛んでも無かった。
これは本当なのだろうか...信じられなかった。
「わたしが...ハァハァ私がいけないのです...私が兄さまを裏切ったから、私があんな事をしたから、兄さまは壊れてしまった」
「アイナ、貴方だけが悪い訳じゃない...私が、私が悪いのよーーーーーーーっセレナ、セレナごめんなさいーーーーっ」
ビシッ、ビシッ
「二人ともまずは落ち着きなさい」
多分、2人が叫ばなければ、私が叫んでいたかも知れない。
だが、第一王女のプライドと聖女の誇りがそれをとどめた。
別にセレナが誰を愛そうがもう誰も咎める事は出来ない。
私達は魅了されていたとはいえ、他の男の妻になって子供まで産んだのだから、いう資格も無い。
どれ程心からセレナを愛していても「愛して欲しい」そんな事いう資格は無い。
心を壊して【貴公子】とまで呼ばれたセレナにあそこ迄したんだから、当たり前だわ。
「多分、セレナ殿は凄く恨んでるんでしょうね? よりによって半魔ですか、話を聞いても信じられません」
「ですが、これはローゼンが報告してきた事ですから間違いないわ」
「私も心配だから調べさせたら、パーティーメンバーに加え、商業ギルドの副ギルマスにしたらしいです」
「それで、パーティーの名前が【自由の翼】なのよね」
「はい」
本当に頭が痛いわ。
まさか、此処に来て【自由の翼】なんて。
まだ【ブラックウイング】なら勇者パーティーだから良いけどね。
よりにとって【自由の翼】だなんて、今のセレナの気持ちが少しわかるわ。
「どうしたのですか?お姉さま」
「マイン様どうしたのですか?」
「セレナが元に戻ったのかも知れない...」
「「えっ」」
そう【自由の翼】なのね。
自由の翼とは、大昔に書かれた小説にでてくるパーティーの話だ。
当初、本当にあった話とされていたが、それにしては余りに可笑しすぎる。
何しろ、ケインというただの魔法戦士が勇者を飛び越え、強くなり伝説のロードになったり、ただのメイドが【戦メイド】と呼ばれて無双する。
どう考えても可笑しな話だ、後にこの本は、【ストーンヤツサン】という売れない小説家がしかけたフェイクだという事が証明され、いまは嘘の話と証明された。
だが、その話は今でも人気があり、一時期、ケインとアイシャ、アリス、シエスタという名前を子供につける親が増えた位だ。
そして【自由の翼】に【ブラックウイング】の名前は暗黙の了解で誰もつけない。
まぁ【ブラックウイング】は兎も角、【自由の翼】なんてつけたら貴族や王族に嫌われるから普通はつけないでしょうね。
【自分たちが幸せになる為のパーティー】なんて権力者は雇いたくないでしょうから。
だけど、面白いわ、本当に面白い。
気が付くと、この王国半分セレナの物じゃない?
商業ギルドに冒険者ギルドまで全部とられて、王都の店の権利だって下手すればセレナの物じゃないかな?
更にジェイク他強い騎士の忠誠を得て、商業ギルドの幹部たちの悪意はこちらに押し付け奴隷として手に入れる。
凄いわ、昔からセレナは優秀だったけど、今のセレナは容赦しない分前より凄い。
この国を償いからセレナに渡そう、そう思っていたけど...自分からとっていくじゃない。
必要ないわね...私がこれからする事は【ただ見ているだけ】で良いわ。
だって【天才は寝ているふり】をして多分起きているわ。
昔のお父様やローゼンなら多分どうにかしたかもしれないけど...今は何故かお花畑。
何がどうなったのかわからないけど昔ほど頭が回っていない。
しかし、大胆ですね。
誰もが憧れるS級冒険者で勇者のセレナ率いる【自由の翼】
そこに国中から嫌われる存在の半魔の女の子。
そして、その女の子のもう一つの顔は商業ギルドの副ギルマス。
簡単に言えば【勇者パーティー所属で、商業ギルドで副ギルマス】そんな地位に半魔の子がいる。
今までこの国の底辺でお情けで生きていた子が【指先一つで人が殺せる地位】についた。
その気になれば王宮にもこれるのよ...
何をするのかな、何を見せてくれるのかな、ドキドキするわ。
「あのお姉さま、なんで嬉しそうなのですか?」
「そうですよ...可笑しくなっているんですよ、お兄様は」
「そうね、だけど私が15年ぶりにあったセレナはね、まるで獣か魔物みたいだったのよ...私としては少しだけど人間ぽくなってくれて嬉しいわ」
「そこまでだったのですか....」
「お兄様はそんなに...」
15年の月日でも失われなかった、その頭脳で今後どうするのか、私は見てみたくなった。
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