第35話 封印された聖女の遺体

「エミリアの遺体じゃと?」


 セラスが驚いたように目を見開くと、カタリナは説明をするようにセラスに向き直った。



「リヴァイアサンの封印をする際、エミリア様は半ば相打つ形で棺へと封印されたと我々聖騎士団では伝えられています……そして聖騎士団の使命はリヴァイアサンが復活を果たしたその時に、聖女であるエミリア様のご遺体と、封印の要として使用された神槍【パラス・アテナイエ】を回収することなのです」



 淡々と説明をするカタリナに、セラスは舌打ちを漏らすと苛立たしげにカタリナを睨みつける。


「あの女が我が夫に何をしたか知っていて、よくそんなことが依頼できるなお前たち。我らがその願いを聞き届けるとでも?」


「あなた方にとっては裏切り者の怨敵であることは重々承知……我々の願いが斬って捨てられたとしても文句は言えないほどの無礼であることも承知のうえでお願いをいたします。あなた方を裏切ったことを許してほしいとは言いません。ですが我々にとっては恩人でもあるのです……お願いします。頼れるのはもはや貴方方しかいないのです。どうか、ヴェルネセチラとエミリア様をお救いください!!」


 深々と頭を下げるカタリナに、流石のセラスもたじろぐように口を噤むと。

 困ったような表情で……。


「……どうする? お前様」


 そう僕に問いかけてくる。

 

 正直セラスと同じように僕も複雑な心境だ。

 

 特に恨んでいないとはいえ、自分を殺そうとした人間を救い出そうというのだ。

 しかも四将軍の持つ神具である【パラスアテナイエ】の回収も依頼には含まれており……結局の所僕たちは自分たちで自分たちの脅威を彼女たちに届けることになる。


 リヴァイアサンの討伐もそうだが、僕たちには何のメリットもなくむしろ脅威をみすみす増やしてしまう可能性の方が大きい。

 

 お人好しとバカにされる僕でさえも迷ってしまうほどなのだ……タクリボーの表情を見ても呆れたように肩をすくめている。


 普通であれば断るのが正しい。

 

 少なくともリヴァイアサンの討伐だけでも十分すぎるほどお人好しであり、これ以上は誰がどう考えても「大バカ者のお人好し」の行動である。


 だが。


「わかった、力になるよ……ただもちろんそれだけのことに見合った報酬はいただくよ?」


 僕はそんな大バカ者のお人好しなのだ。


「おいおい、受けちまうのかよこれ……何もお前にメリットないぞ?」


 タクリボーは驚いたような声を上げ、セラスはやれやれと呆れたように肩をすくめるような仕草を見せる。


「まぁそうなるだろうとは思っておったが……」

 

「ごめんセラス……巻き込んじゃって」


「何、報酬をもらうといっただけ成長したというものよ……それに妾とそなたは夫婦なのだ、どんな決断をお前様が下そうが、妾は喜んでその半分を共に背負うよ」


「……セラス……」


 頬を少しだけ赤くしてそういうセラスに、僕もつられて顔がほてる。


「……あー新婚さんって奴はどいつもこいつも、焼け石張りにお熱いせいでこっちまで当てられちまっていけねえや。 それで騎士団さんよ、さすがにこの広い街を何の手掛かりもなしに探し回れとは言わねえよな?」


 そんなやり取りをしていると、タクリボーは急に話に入り込んでくる。

 先ほどまで退屈そうにソファでくつろいでいたのがまるで別人のように瞳が輝いている。


「タクリボー……どうしたのさっきまで退屈そうにしてたのに」


「なんでぇ、商売の匂いがしたら食いつくのが商人ってもんだろう? ついてこさせたのはこいつらの方なんだ、犯人探しに協力したら俺も報酬を一緒にもらえるってのが筋ってもんだろう?」


「……小銭の音に敏感な奴だの」


「へへ、現魔王様にお褒めいただけるとは恐悦至極ってもんさ」


 セラスの皮肉にタクリボーは口元をにやりとゆがませてそういうと、すぐにカタリナに向き直り質問の答えを促す。


「仕方のない奴よ……まぁ人手は多ければ多いほど良いからの、手伝うというならば喜んで猫の手も借りようぞ。 お前様も良いな?」


「もちろん、餅は餅屋……タクリボーがいてくれるのは頼もしい限りだよ!」


「へへっ流石勇者様は話が分かるってぇもんだ!」


「ラクレス様がそうおっしゃられるのであればわかりました、それでは今までの調査で我々が突き止めた情報を……今からお渡しいたしますので」


 そんなタクリボーにカタリナは一度驚いたような表情を見せていたが、僕の言葉に納得したようにうなずくと、机の上に置いてあった捜査の資料を僕たちに渡してきたのであった。 

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