第19話 新婚無双

「殺せ! あの二人を! いや、あの男を、ラクレス・ザ・ハーキュリーを殺せ!!」


 怒声が響くと同時に、槍を構えて迫りくる大軍。


 僕にとっては先日の出来事だが、エルドラドにとって僕は二百年前に死んだはずの人間。


 相当驚いたのだろう、以前ならばずしんと響き渡っていた低い声が心なしか上ずっている。


「はぁ……魔王軍の方がまだ紳士的だったよ」


 名指しでの殺害命令に僕はため息を一つ漏らす。


 会話で解決ができるならそれに越したことはないと思ったけど。


 僕がここにいるとわかっていながら全軍突撃を選択するということは、会話による事態の収束は絶望的のようだ。


「勇者にそう言われてはおしまいだな……まぁしかし、向かってくるなら蹴散らすのみよ」


「君も戦うの? 身内の問題だから僕一人でもふふぁい……」


 問題ないと言おうとした僕のほほを、セラスはむくれ気味につねる。


 痛くないように力加減をしているところが可愛らしい。


「つまらないことを言うでないラクレス。妾とお前様は夫婦なのだ。夫に剣を向けられて高みの見物を決め込む妻がどこにおる……それに言ったであろう、もう二度とそなたを一人になどするものかとな……もちろんお前とエルドラドのの事情に口をはさむつもりはない、しかし露払いぐらいはさせよ」


「セラス……わかった、お願いするよ」


 僕の言葉にセラスは満足げにうなずくと、頬から指を離す。

 つねられていた部分がほのかにまだ温かい。


「うむ! 我が夫に剣を向けた報い、お人好しなお前様の代わりに妾がきっちり受けさせてやろうぞ!」


「できるだけ殺さないであげてね? 兵士の人たちは命令で戦ってるんだし」


「わかっておるよ、ただ、腕や足の一本や二本くらいはかまわぬだろう?」


「まぁ、これでも一応戦争のつもりみたいだしね……それぐらいでよろしく」


 心得たとセラスは短く呟くと、魔法の適性が無い僕でさえも肌に感じるほどの膨大な魔力を練り上げる。


 その量は魔王と同等か、もしくはそれ以上か。


 口頭でだけの告白だったが、今この時初めて僕はセラスが本当に魔王の娘なのだということを文字通り肌で感じる。


 迫りくる軍勢との距離はおおよそ300メートルといった所まで迫っており、大軍の行進はセラスの魔力に対抗するように大地を揺らすが。


 そもそも世界を追い詰めた【悠久の魔王】に比肩する魔力とたった千人の兵士では、最初から勝負にすらなりはしない。


「第八階位魔法……【四肢切断ディズメンバー】」


指先で虚空をなぞり、ぽつりと呟くように唱えられた呪文。


 それと同時に魔力は魔法へと姿を変え、覆いつくすように百メートルまで近づいた兵士たちをあっという間に包み込むと。


 一斉にその兵士と馬の足を引きちぎった。


「ひ、ひ、ひぎゃあああああああ!?」


「う、腕が!? 足がああぁ!」


 ぐしゃりと兵士たちはその場に転がり、流れ出る赤いものがあっという間に緑の草原を赤く染め上げる。


 自分と仲間の血で赤く染まって蠢く兵士たちは、まるで赤い芋虫かイトミミズのよう。


 かなりエグイ光景ではあるが、確かに見る限り一人の死者も出ていないようであり、セラスはその光景にどうだと言わんばかりに胸を張る。


「……確かに誰も死んでないけど、このままだと失血死しない?」


「切った部分の時間をこれから止めるから問題ない。傷が治らんので死ぬほど痛いだろうが、なに町に戻れば腕をつなぐ方法などいくらでもあろう」


「あ、一応五体満足で返してあげる気はあるのね」


「当然だ、お前がそれを望んだからな」


 セラスはつまらないことをきくなと言いたげにそう答えると同時に、そっと僕の方に手を差し出す。


「何?」


「何ではない、我ら夫婦の初陣だぞ? 敵首魁の元までエスコートをするのが夫というものであろう」


「そうなの?」


「そーなの!」


 ぷんすこと頬を膨らませるセラス。


 その様子に僕は魔王の感覚はよくわからないなぁと苦笑を漏らしながらも、見よう見まねでそっとセラスの手を取ると、セラスは満足そうに微笑む。


「では行こうか」


「うん、行こう」


血で作られたレッドカーペット。


茫然とこちらを見つめる裏切り者、エルドラドを目指して僕たちは進軍を開始した。

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