第20話 勇者の拳

【戦闘PART】

 ─────エルドラドがその時抱いたのは後悔であった。


 大楯を用いれば、あるいは彼らに刃を向けなければ……きっとラクレスというお人好しの勇者は笑って見逃してくれたはずなのに。


 刃を向けてしまった、殺そうとしてしまった。


 魔王軍を単身で、しかも勇者の剣すらまともに使わずに壊滅させた怪物を敵に回してしまったという後悔。


 それに加えて、部下の四肢をもぎ取った異常なまでの魔力がその後悔に拍車をかける。


「この魔力は……悠久の魔王?」


 その魔力の質と悍ましさに、エルドラドは200年ぶりに魔王と対峙したときの記憶が蘇る。


 姿かたちは違えど間違いなく勇者の手を取りこちらに向かってくる魔法使いの少女は、かつて初めてエルドラドが恐怖をした存在【悠久の魔王】と同じ力を持っている。


 子孫か、それとも他の何かか。


 手を組んだのか、それともあの少女が勇者を復活させたのか。


 理由などエルドラドには想像すら及ばない。


 だが少なくともエルドラドは、自分が勇者と魔王の力を持つ何かを二人同時に敵に回してしまったことだけは理解する。


「君にとっては久しぶりなのかな? エルドラド、少し老けたかい?」


 200年前に殺したはずの男は、血溜まりを抜けると相も変わらず不気味な笑みを浮かべて人間の振りをする。


 敵意はないが、それでもその手にはしっかりと勇者の剣が握られており、少し後方で控える少女に目をやると、殺意をむき出しにしてエルドラドを睨みつけている。


「な、なんでてめぇがここにいやがる……お前は確かに殺したはずだ」


「うん、本当に死ぬかと思ったよ……ひどいじゃないか、仲間だと思ってたのに」


 さらりとそういう勇者に対し、エルドラドは顔を引きつらせる。

 ひどいと言いながら、勇者は全く怒っている様子が見えない。


 殺されかけたというのにあまりにも不気味すぎる。


「……復讐にでも来たのか?」


「いやいや知ってるだろ、僕は復讐なんて柄じゃないさ。ここにいるのはどうしてあんなことをしたのかを問いただすため。怒らないから教えてよ……僕と君の仲だろう?」


 殺された相手に、勇者はまるで友人に接するかのように笑いかける。


 その姿にはおよそ、人間らしさと言うものが欠如している。


 裏切られて、毒を盛られて、殺された。


 どんな善人でも、どんな聖人でも、それが人間ならば怒るはずなのに、目の前の勇者にはそれがない。


 エルドラドは、それがたまらなく恐ろしかった。

 まるで怪物が人間の真似をしているだけのようで。


 耳障りの良い言葉は悪魔の誘惑のようであり、何を考えているかよくわからない張り付けたような笑みに耐え兼ねて、エルドラドはとうとう吠える。


「亡霊に語る言葉なんざあるかってんだよ!! 生き返ったのかそこの魔王に生き返らせられたのかは知らねえが……今度こそ四将軍の名においててめぇをきっちりあの世に送ってやる!!」


 大楯を構え、クレイモアを抜くエルドラド。


 勇者が死んでから200年……エルドラドとて何もしていなかったわけではない。

 戦争に明け暮れた100年と、反乱を鎮圧してきた50年。


 戦いと研鑽の日々は魔王軍との戦いの日々よりも過酷であり、何よりも今は200年前とは違いエルドラドには力がある。


 そう、相手が悠久の魔王の力を持っているとしても恐れることはないのだ。


 何故ならエルドラドの手にもあるからだ。


 魔王の秘宝により与えられた、【悠久】の力が。


「っ!?」


「俺たちが何もしないで200年を過ごしてたと思うか!? お前を排除した後、俺たちは悠久の力を手に入れたのさ!」


 叫ぶエルドラド。


 それと同時にクレイモアの周りに黒色の渦のようなものが纏わりつく。


「この力は……まさか魔王の?」


「そうさ!魔王城に残った魔王の遺体から俺たちは悠久の魔王の力を手に入れた!」


「手に入れたって、成程。通りで200年後も容姿が変わってないのか」


 勇者が見せる驚愕の表情はエルドラドを安心させる。


 いかに歴代最強の勇者であろうが、勇者の剣と同等の魔力を帯びた大楯にかつて世界を滅ぼし掛けた悠久の魔王の力が加わるのだ……負けるはずがない。


 勇者が強かったのは200年も前のこと。


 逃げられないなら、敵対してしまったのなら……200年前と同じように殺すしかない。


 そう考え、エルドラドはクレイモアを振り上げ構えをとり、10メートル以上離れた距離から勇者に向かい魔法を放つ。


「死ねぇ! ラクレス!!」


「ラクレス!!」


 隣にいた少女の心配するような声はさらにエルドラドを安堵させる。


 この攻撃は勇者にとって有効である……その裏付けにエルドラドは悠久の力の全てを解放させて勇者に一閃を振るう。


【第十階位魔法・黒刃弾ダークブラスト‼︎】


 クレイモアにたまった悠久の力は刃となって勇者を包み込む。


 逃げることなどできず放たれた魔法に、草原の草花は一斉にその命を吸われて枯れ果て、竜巻のような斬撃が勇者の体を無数に切り刻む。


「はっはははははははぁ!! 見たかラクレス! これが俺の新しい力だ……って、あれ?」


「あーーうん、終わり?」


 放たれた第十階位魔法は確かにラクレスに命中をした。


 しかしながらその魔法の直撃を受けてもなおラクレスの体には傷一つ付いておらず、あっさりと魔法の中から抜け出すと困ったような表情でほほを掻く。


「な、な、なんで、そんな……第十階位魔法なのに、なんで無傷?」


「いや無傷じゃないよ、耳とかひりひりするし」


「ひりひりって……これが勇者の力?」


「というわけでもないぞ……こやつ妾を魔法の余波から守るために、リアナを放り投げたからの。 まったく、魔法の余波程度でどうこうなる妾ではないというに」


 呆れたようにそう言いながら微笑む少女に、エルドラドは絶望する。

 確かに勇者の剣は少女を守るように、魔王の前で防護障壁を展開している。


 つまり、ラクレス・ザ・ハーキュリーは己の肉体の頑健さだけで第十階位魔法を耐えたというのだ。


「ありえない……やはりお前は化け物だ」


 盾を構えてエルドラドは勇者に嫌悪に近い憎悪を向ける。


 改めて目の当たりにするその人間離れした在り方に、魔王が倒された夜に自分たちが下した決断が間違いでなかったことを改めて確信し、すがるように大楯を構えて剣を握り締める。


 まったく効いていないわけで無いなら、同じ階位の魔法を何度もぶつければ、いずれは倒せるはず……もしかしたら次で倒せるかもしれない。


 そんなおめでたい奇跡に縋りつくように、エルドラドはまたも闇の魔力を練り上げるが。


「もうそれは良いよ……」


 勇者は一足でエルドラドの間合いへと詰め寄る。


「ひっ!? はやっ!」


 あまりの速さに、迎撃は間に合わず、エルドラドはとっさにアイギスの大楯にその身を隠す。


 反撃の糸口を見つけるためではない。


 神の祝福により魔法に対する耐性を持ち、世界で最も固いとされるヒヒイロカネで作られたアイギスの大楯。


 幾度も自分の命を守り救ってきたその楯なら、この窮地も救ってくれる。


 そんなすがるような思いで楯に隠れたのだ。


 だが。


「……話もできないから、それ壊すね」


 勇者はそうなんでもないといったように呟くと、拳を振りかぶって……大楯を殴った。


【──────────……………………】


 鈍い音が草原に響き渡り、しばらくして何かがばらばらと崩れ落ちる音がする。


 かつて魔王の魔法からも、砲撃からも持ち主を守った奇跡の大楯は、勇者の拳一つでガラス細工のように崩れ落ちたのであった。

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