第21話 勇者の怒り
「あ……あぁ……うそ……うそだ」
エルドラドはその光景にその場に崩れ落ち失禁する。
無理もない……勇者の剣と比肩される神具を、目前の化け物は拳一つで破壊して見せたのだから。
勝てるわけがないという絶望が楯の破壊と同時にエルドラドを包み込む。
「あ、やばっ……これ国宝だったんだっけ? まぁいいよね、君も僕のこと殺そうとしたし」
「ひっひいいぃ!? 化け物! 近づくな……いや、こ、殺さないでくれ!? 仕方なかったんだ! 王様が、王様が殺せって。 勇者を殺したら永遠の命を約束するって……ただの奴隷剣闘士だった俺に、魔王を倒したって栄光も名誉も女も金もくれるって言うから、だから仕方なく……」
魔王との戦いより、己をずっと守ってきてくれた存在が破壊されたことでエルドラドは大粒の涙を流しながら命乞いをする。
攻撃を仕掛けたのもエルドラドならば、もともと勇者を殺そうとしたのもエルドラド。
命乞いなど自らの行いを鑑みれば全く意味のない行動であり、さらにはその命乞いの内容もすべてが手前勝手な言い分ばかり。
「手前勝手な愚か者よな、虫唾が走る」
少女は怒りにエルドラドを串刺しにする魔法を唱えようかと魔力を練るが。
勇者はそれを手で静止して。
「……うん、いいよ」
あっさりと裏切り者を許した。
「へ? あ、え? ゆ、許してくれるの? 殺そうとしたのに?」
「戦意が無い人間までは殺さないよ……それに、殺されかけたのは悲しかったけど、おかげでセラスと一緒になれたからね」
「今回も、今回も殺そうとしたのに?」
「まぁそれは大切な楯を壊しちゃったからお互い様……っていうとまたセラスに怒られるから……一つだけお願いを聞いてほしい」
「聞く……何でも聞く!! 金か? 女か!?」
「そんなものいらないよ。僕の願いは、もうあの村を襲わないでほしいってだけ。勇者信仰は君たちにとって都合が悪いのかもしれないけど、彼女たちは君に歯向かおうだなんて思ってない、ただ毎日をつつましく一生懸命生きてるだけなんだ……だから、その平穏をもう壊さないで上げてほしい。四将軍の一人の君なら、それぐらい簡単だろう?」
「襲わない! もうあの村は襲わない! 約束するから!」
「うん、じゃあそういうことでよろしく……」
懇願するエルドラドにラクレスは満足げに微笑むと立ち上がり、背を向けて少女の元まで戻っていく。
だが。
「っ!? いかん、ラクレス!」
「!」
「っなあんて! 言うと思ったかよ化け物野郎!!」
その背後で、エルドラドは胸元から筒状の武器を取り出す。
勇者が消えてから200年の間に開発された【銃】と呼ばれる兵器。
高速で弾丸を発射する、勇者の知らない武器。
それをエルドラドは勇者ではなくその先にいる少女に向けて放つ。
悠久の魔力と、ヒドラの毒が混ざった高速の鉛玉を……。
「───セラス!!」
鳴り響く銃声は三つ。
殺意を込めて放たれた銃弾はすべて少女へと音速を超えて迫ったが。
勇者はその全てを腕を伸ばして防ぎきる。
最愛の人を守るため……身を挺して凶弾から守ったのだ。
「ラ、ラクレス‼︎」
勇者の腕から飛び散る鮮血に、響き渡る少女の絶叫。
エルドラドは心の底から、200年前から変わらない勇者の甘さに感謝をする。
「……やっぱりかばったな!! お人好しのお前のことだ、女を狙えばその身を絶対に楯にする、危険な奴だと思ってたが、まさか魔王なんかにほだされるなんてな!! もう一度、ヒドラの毒であの世に戻りやがれ!!」
狂いながら叫ぶエルドラドはもはや正気ではなく、叫びながらさらに銃弾をラクレスに放つ。
二つ、三つ……魔力によりつくられた弾丸は尽きることなく勇者を幾度も貫き。
ヒドラの毒は容赦なく勇者に牙をむく。
だが。
「……………あ……あれ?」
勇者は倒れない。
かつては倒れた毒を受けても、銃弾により体を幾度も貫かれても、倒れることなくただただその場で立ち尽くす。
だがそれは、避けられないわけでも、毒が回っているからでもない。
避けるまでもない……ただそれだけだ。
勇者にとって既に乗り越えた試練は意味をなさない。
どれほど強大な魔法であろうと、どれほど凶悪な呪いであろうと、勇者は一度その身をもって乗り越えた攻撃に対する耐性をリアナより付与される。
だからこそ、たとえ神をも殺すヒドラの毒であっても……一度乗り越えてしまえばもはや勇者の脅威にはなり得ない。
だからこそ、エルドラドのこの攻撃は……。
「エルドラド……決めた、君は殺すよ」
悠久の魔王にすら怒りを向けたことのない勇者を、初めてブチギレさせただけだった。
「え、なんで! なんで、なんでなんでなんで死なないの!?」
声を上げるエルドラドは祈るようにさらに引き金を引くが。
「リアナ……」
勇者の言葉と同時にリアナは勇者の前へと現れると、その全てをエルドラドへとはじき返した。
「あっ!? あっ! あぎゃああああああぁああ!? ど、毒! 毒が、毒がぁ!」
腕と足に銃弾を受けたエルドラドは、全身に焼けるような痛みに悲鳴を上げる。
「エルドラド、僕の命を狙うのは良い。 殺されかけたって君は偽りでも僕に居場所をくれた……だから何をされたって怒ったりしなかった……けどな?」
毒と勇者、二つの死を前にエルドラドは恐怖し涙を流す。
もはや救済はない。
拳一つで神の大楯を破壊し、肉体一つで第十階位魔法を耐えきり、たった一人で魔王軍を壊滅させた歴代最強の勇者……。
そんな怪物の逆鱗に触れて生き残れるはずがない。
「僕の女に手ぇ出すな」
勇者の剣は雷をまとい、ラクレス・ザ・ハーキュリーは生まれて初めて明確な殺意をもって敵を貫く。
【巨人穿つ
振るわれた刃は雷となり、毒で悶えるエルドラドを貫き発火させる。
悠久の力は、まるで最初からなかったかのようにチリのように消える。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!?」
毒の痛み、皮膚が焼けただれる痛みその全てを絶叫に変えながら、エルドラドは絶命する。
悶える兵士……消炭となった裏切り者。
血だまりの中でそんな光景をしばらく見つめた後。
「村に戻ろうかセラス」
勇者はそう、最愛の人に笑いかける。
その表情は、感情が欠落した怪物などではなく……誰がどうみても、少女に恋をする一人の少年でしかなかった。
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