第2話 僕を勇者にしてくれた人

「いたか?」


「いや……どこにも見当たらない! 探せ!まだ近くにいるはずだ!」


 土砂降りの雨の中、ゆらゆらとランタンの明かりが遠くで白く光り、僕はその光から逃げるように、木々の合間を縫って進む。


 そこは始まりの森。


 かつて神々が最初に作り上げたとされるこの森は、勇者の剣が眠っていた聖地であり。


 予言者の言葉に従い、僕が勇者になった場所……。


 どうやら無意識のうちに、僕はこの場所に逃げ込んでいたらしい。


「……あぁ……ここ……か」


 勇者の剣が刺さっていた場所……神が宿るとされる巨大なオリーブの大樹。


 そのちょうど剣が突き刺さっていた場所に、僕は前のめりに倒れこむ。


 勇者の力で毒の回りを抑えていたが、どうやら限界のようだ。


 最後の最後で、元あった場所まで剣を返しに来るなんて……自分の律義さにあきれながらも、僕はそっと剣が刺さっていた部分を指でなでる。

  

【この剣を抜きしもの、魔を払う勇者とならん】


 この国に伝わるそんな伝説を信じ、ただの木こりであった僕は剣を抜き勇者となった。


 きっかけは、魔物に襲われていた少女を助けたことから。


 まだあどけなさの残る、僕と同い年くらいの黒髪の少女。

 

 泣きそうな顔をしているのに、必死に強がりながら、自分は予言者であると名乗った光景はいまだ鮮明に覚えている。


 それほど魅力的で忘れられないほど美しい少女だった。


【其方はいずれ魔王を倒し、この世に平穏と調和もたらすだろう……勇者の剣に挑みなさい】


 その後お礼の代わりにそんな予言を僕に残して去っていった少女の言葉通り、僕はここへ向かいあっさり勇者になった。


 思えばそんな予言を信じて、よくもまあ木こりから勇者になったものだと、今更ながら呆れかえる。




 あの子は今何をしているだろうか……平和な世界で笑っていてくれればいいのだが……。


 そういえば、名前は何だったか……。


「うっげほっ!げほっ!」


 今までよりも大きい咳に、自分の命にあきらめが付くほどの血を僕は吐き出し、最後の力を振り絞って仰向けに姿勢を移す。


 いよいよお終いのようだ。


 人を信じて、こうして裏切られて……たった一人で死んでいく。


 何がいけなかったのかは結局分からず。 何がしたかったのかも思い出せない。


 ただ一つの想いが口から自然と零れ落ちる。


「寂しいなぁ」

 

 心からの言葉、胸の内にずぅっと抱えてきたその言葉は、降りしきる雨の音にかき消され……自分の耳にさえもはいってこない。


 だけど……。


「相も変わらずお人良しよな……恨み言の一つでも残したとて、誰もお前を笑うまいに」


 冷たくなった手を暖かいものがとり……僕はうっすらと目を開ける。


 そこにいたのは、天使のような微笑みを見せる黒髪の女性。


 あどけなさはもうそこにはない、そのとても美しい女性は……まるで哀れな子供をいつくしむかのように僕の体を抱き起す。


 その手はとても暖かくて……その表情はとてもうれしそう。

 

「一つ……予言をしてやろう勇者」


 その声は聞き覚えのある……始まりの予言。


 冷たい雨はもはや僕を叩くことはなく……暖かいものが全身を包み込む。


「其方はもう、ずぅっと一人ではない……一人になどしてやるものか……」


 もう耳などとうに聞こえてないけど……けれどもその予言は、僕の中にゆっくりと染みわたるように響く。


 ……きれいになったね。


 声に出せたかは分からなかったが……。


 彼女はやっぱり泣きそうな顔で、強がるように笑って見せた。

                     

 あぁ、思い出した……彼女はセラス……。


 僕を勇者にしてくれた人だ。

 

                     ■

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