第3話 魔王のあーん
「ここは……」
目を覚ますと、趣味の悪い模様の描かれた天井が見えた。
模様があるということは牢獄ではないし、そもそも騎士たちに見つかっていれば生きてはいない。
となると僕は誰かに助けられてどこかの部屋まで運ばれたということだ。
あたりを首だけ動かして確認をしてみると、そこにあるのは簡素な部屋。
窓はなく、壁は綺麗な石造りであるが……部屋の中には土の匂いがする。
耳を澄ますと遠くから聞こえるのは独特の空洞音。
どうやら洞窟の中に作られた部屋のようだが、迷宮やダンジョンというにはあまりにも生活感にあふれた空間であり、家というにはあまりにも物が少なすぎる。
だが、不思議と見覚えがある場所だ。
「ここ……どこだっけ?」
そんな疑問を浮かべながらも、見たところ安全そうだと判断し僕は体を起こす。
寝かされていたのは柔らかい白いベッド。一つ深呼吸をしてみても体は痛むところはなく、仲間たちに刺し貫かれた傷はまだうっすらと包帯に血を滲ませてはいたものの、ほとんどふさがっているようだ。
自分の額を触ってみても、毒が体をめぐっている様子はない……まだ体に少し痺れは残っているが、ほとんどが中和されているようだ。
「……どうやら、無事に回復したようだな、ラクレス」
そう、自分の体の状態を確認していると、部屋の奥から一人の女性が姿を現した。
腰まで伸びる黒髪に、闇夜を思わせる美しい黒いドレス。大人びた顔立ちでありながら、まだどこか幼さの残るその女性は、間違いなく意識が途切れる前に僕を助けてくれた女性であった。
「君は……」
「酷いものよ……世界を救った英雄に、神をも殺すヒドラの毒なんぞを盛るとは……人間とは分からぬものよな」
嘆息を漏らしつつ、お粥のようなものがのったお盆を机の上に置くと、僕の寝ているベッドの上に座る。
どこか誘惑するような瞳に、微笑み、そして包まれるかのような甘い香り。
女性経験のない僕はドキドキと心臓が早鐘を鳴らしはじめる。
「セ、セラス……久しぶりだね」
「ふふ。まさか妾のことを覚えているとはな、嬉しかったぞラクレス」
「君の予言のおかげで、僕は勇者になったようなものだからね」
「それは違う。妾が何もせずとも其方は勇者の剣を抜いていた……妾はその未来を言の葉にしただけ。助けたのも、恩を返したまでだ」
そういうと、セラスはテーブルの上に置いたおかゆのようなものを手に取り、冷ますようにくるくると掻きまわし始める。
「でも、どうして君があそこ、むぐぅ」
君があそこにいたのか? そう問いかけようとした僕の口に、セラスは木のさじをねじ込んだ。
じんわりと甘い、ミルクと蜂蜜の味が口の中に広がり、飲み込むと薬草が入っていたのか、体がほのかに暖かくなる。
「説明はあとだ……今は食べて力をつけよ」
そういうと、セラスは再度木のさじにおかゆのようなものをすくうと、もう一度僕の口元にそれを寄せる。
「え、えと」
「ほら、口をあけよ……まだ痺れが残ってうまく食べられぬだろう?」
じとっとした目でそう告げるセラスの頬は赤い。
本当に、きれいになったなぁ……。
そんな感想を抱きつつ、僕は言われるがままに口を開けると。またも僕の口の中に、今度は優しく木のさじが口の中に運ばれる。
「熱くはないか?」
そう問いかけるセラスの言葉に、僕は沸騰しそうになりながらも首を縦に振ると。
「そうか、よかった」
二度、三度、僕はセラスにおかゆを食べさせてもらう。
「料理というものは手馴れておらぬゆえな……その、味は大丈夫だろうか?ま、不味かったら言え。すぐに料理長にちゃんとしたものを用意させるから……」
「いや、その……とってもおいしい……です」
「本当か!?」
「うん、とっても」
「よかったぁ……」
その料理はとても美味しかった。
勇者として各地を旅していた時に、おいしいものを数多く食べてきた。
王様に誘われて、将軍たちと世界一のシェフの料理をふるまわれたこともしばしば。
だが、彼女の作ったおかゆは理由こそ分からないがとても暖かくて今まで食べたどんなものよりもおいしく感じる。
思えば、魔王を倒してから何も口にしておらず―――毒入りの酒は飲んだが―――僕の体はあっという間にお椀の中のおかゆを平らげる。
「……ご馳走様。ありがとうセラス」
「なに、命を救われた恩を返しただけ。礼を言われるほどのことでもない」
そういいつつもセラスは嬉しそうに微笑んでおり、お椀を片付けると今度は近くの棚に置いてある服を取り出し、そっとベッドの上に置く。
「これは、僕の服?」
綺麗にたたまれたその服はまごうことなき僕の服であったが、破れもほつれも皺ひとつない新品のような状態まできれいになっている。
「いや、前の服は捨てた。ボロボロで泥だらけだったゆえ同じものを用意したのだ。外にいるからの、落ち着いたら出てくるといい。少し、付き合ってもらいたいこともあるからな」
セラスはそういうと、お盆をもって部屋の奥に消えていく。
言われた通り、僕は指を動かしてみると確かに痺れは消え去っており、すっかり健康体になった僕はベッドから起き上がり服を着替えることにした。
新しくあてがわれた勇者の服に袖を通してみると、ほんのり彼女と同じ匂いがした。
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