第4話 セラスフィア=ハーディス=クロムウエル

                     ■

「体は大丈夫そうか?」


 部屋の奥に進むと扉があり、扉を開くと赤いじゅうたんが敷かれた廊下と三つの椅子。


 その一つにセラスは腰を掛けて本を読んでおり、僕が出てくると心配するかのようにこちらを見上げてそう問いかける。


「あぁ、もうばっちりさ」


 僕は力こぶを作る動作をして健康体であることをアピールすると、セラスは「そうか」とだけ呟いて本を閉じて立ち上がる。


「ではついてくるがよい」


 歩き出すセラスに続いて歩を進める。


 部屋の外はとても洞窟とは思えない空間であり、部屋の様子も僕が寝ていた場所とは似ても似つかない。


 まるで王城にいるかのように明るく荘厳な建物は、天井には赤い垂れ幕が下がり、絨毯の敷かれた廊下にはところどころに白銀の鎧や赤い花が飾られた花瓶が置いてある。


 その花もかいがいしく世話をされているのかどの花も美しく鎧には埃一つ付着していない。


 彼女はもしかして、どこかの貴族だったのだろうか?


 そんな思案を巡らせてみるが、これだけの領地を得た貴族であれば、勇者として活動をしていた僕が知らないわけがない。


 僕はそんな疑問を浮かべながらセラスの後をついていくと。


「少し距離があるゆえな、先ほどの質問に答えようか」


 そう沈黙を破るように、セラスは呟く。


「あぁ、なんであそこにいたか……だよね」


 セラスはこちらに振り替えることなく、つまらなそうに淡々と言葉を重ねる。


「初めて出会ったときと同じよ。 お前があそこで妾に助けられる未来を見た、それだけだ。妾の未来視はとてもいい加減でポンコツでな、見たい時にそれを見ることが出来ぬのだ……もっと早く視えておれば、あの場で愚かな王どもを皆殺しにしたというものを」


 いらだたし気にセラスはそう漏らす。

 

 その言葉からは、僕に危害を加えた国王や仲間たちに対しての明確な殺意がうかがえた。


「またしても君の未来視に助けられたってわけだね……ありがとうセラス」


「む……こほん。まぁしかし、あれだけの手傷を見せておれば妾が用意した替え玉に気づくこともないだろうからな……追われる心配はないという点を考えれば、良かったのかもしれんか」


 セラスはそういうと、廊下の終わりにある大扉を手で押して開き、隣の部屋へと進む。


 現れたのは変わり映えのしない大きな廊下。


 途方もなく続く赤い絨毯に、僕は少し眩暈を覚えながらも、セラスの後をついていく。

 

 下手をしたら、国王の王城よりも広いその建物。

 

 これだけの力を有する貴族を僕が知らないはずがないのだが。 

 

 そう思案しながらも、僕は一人ひとり知り合いの貴族の顔を思い浮かべていると。


「そうだ、今度はこちらの質問に答えよラクレス」


 セラスは思い出したかのようにぽつりと言葉を漏らす。


「僕に質問?」


「あぁ……なに、難しいことではない。其方、奴らを恨んでいるか?」


 カツン


 と今まで絨毯だった廊下が大理石に代わり、セラスの靴の音が一つ大きく廊下に響き渡る。


「……え?」


 僕は戸惑うと、セラスは確認をするようにもう一度息を吸い。


「お前にヒドラの毒を盛り、殺そうとした奴らを恨んでいるかと聞いたのだ」


 こちらを向かずに問いかける。

 

 その言葉は他愛のない質問ではなく本心を問う物であり……嘘をつくことはできるが、嘘はついてほしくないと感じられた。


「いいや……恨んではないかな」


 だからこそ僕はそう取り繕うことなく真面目に答える。


「恨まぬというか? 裏切られ、殺されかけたというのに?」


 セラスはこちらに一度振り向くと、少し呆れたような肩をすくめる。


「そうだね……裏切られたのは悲しいけれど、復讐したいとか、そういうのはないよ」


「ふむ、ではまた勇者に戻りたいと?」


「それもないかな……戻ってもまた命を狙われるだけだろうし」


「あれだけのことをされて何も望まぬか。 不気味なやつよな」


「不気味って……いや、そうか」

 

 僕は再度思う。

 

 僕は何も望まなかった。

 

 初めて魔王軍幹部を討伐したとき王は僕に爵位を授けるといったが、僕にとってはそんなものは煩わしいだけだったから断った。

 

 代わりに金銀財宝をもらったが、かさばって重いので旅に必要な分だけを貰ってそれ以外は町の復興のために寄付をした。

 

 酒、女、地位、財宝、土地……。

 

 そのあとも、王様はいろいろと僕に何かをくれようとしたけど……そういえば全部断ったんだっけ。


 今思えばなんて不気味な奴だろう。

 

 世界を救ったのに、何も望まない。

 

 何も望まないくせに、命を懸けて魔王を倒そうなんて気味が悪いにもほどがある。


 金銀財宝でも、何でもいいから貰っておけばよかったのだろうか?

 

 いやそもそも……。


「そもそもお前はどうして、魔王を倒したのだ……予言のせいか?」


 僕の自問を見透かすように、セラスは再度質問をする。


 僕は押し黙る。

 

 なんでだろう……予言をされたから? それとも勇者の剣を抜いたから?

 

 いや違う。


 予言なんて道標でしかない。

 

 彼女の言った通り、予言なんてなくても僕はいつか導かれるように勇者の剣を抜いただろう。


 過去を振り返る。


 物心ついたときから……両親が死んで木こりになってから……セラスを助けてから……勇者になってから……魔王を倒し……そして殺されかけるまでのなかで、僕は何を願っていたのだろうと。


 そして気づく。


「そっか……僕、寂しかったんだ」


 雨の中でつぶやいた自分の言葉……僕はずっと、寂しいから戦っていたんだ。

 

 勇者になれば、きっと誰かと一緒にいられると思ったから。

 

 自然と大切な人ができて、みんなに愛されながら終われると思ったから。

 

「力で人を救えば、寂しさを誰かが埋めてくれる……そう信じたということか?」


「うん。結果は散々だったけどね……結局、触れ合わなきゃ人は一緒にいてはくれないし、気づいてもくれないんだ」

 

 少し考えれば気づけたはずなのに……気が付けば魔王を倒すことが目的になっていて忘れてしまっていた。


「其方は真の化け物よな」


「あぁ、本当だ」


 寂しい。


 ただそれだけの想いで戦い、その願いすらも忘れたまま魔王を殺した男。

 

 そんな人間がいたとしたらそれこそ化け物以外の何物でもなく。

 

 そんな化け物を人間が恐怖するのは仕方のないことだ。


 だが。


「だが、其方が化け物であるならば、妾にとっては好都合だ」


 そんなことをセラスは呟いた。


「え?」


 気がつけば、セラスの妖艶な瞳は黒から琥珀色に変わっていた。

 

 その瞳には覚えがある……それは、魔族の持つ魔力を帯びた瞳の色だ。


「改めて名乗ろう。妾は魔王が第一子にして魔王の正統後継者。セラスフィア=ハーディス=クロムウェルである……同じ化け物同士、仲良くしようでは無いか、勇者よ」

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