第5話 プロポーズ
「魔王の娘!?」
驚愕し、僕は自然と剣に手を伸ばす。
「なぜ剣を取る?」
「君は、僕をだましたのか? 最初から……」
もしかして予言も何もかも出鱈目で、全部こうなるように仕組まれていたのではないか?
僕が勇者になったのも、こうして人々から追放されたのもすべては手のひらの上だったのだろうか。
「騙してなどおらぬ。あの日……お前に助けられた日、妾は間違いなく父上に殺されかけていた」
そんな疑念を抱きながら剣を抜く僕に対し、セラスは落ち着きはらった様子でこちらにゆっくりと歩いてくる。
「え?」
「予言の力で妾は其方に父上が殺されると予言をした。当然父上は怒り、そして妾の瞳を厄災と呼び殺そうとしたのだ。逃げ伸びた先、追い詰められてもうだめかと思った、そんなところを妾は其方に救われたのだ」
懐かしい思い出を語るようなセラスに僕は戸惑う。
「それじゃあ君はいったい何なんだ? 父親を殺されて復讐を果たしに来た魔族か?それとも勇者を操り、魔王を殺した偽りの予言者か? 何が目的なんだ?」
どうあれ魔王であるならば、僕にとっては勇者として倒すべき相手でしかない。
しかし。
「妾も其方と同じだ」
少女はそっと僕に近づき、その頬をなでる。
剣を振れなかった。
近づく姿もゆっくりで、まるで無防備。
斬れば容易に殺せたはず。
だけど、その瞳はとても寂しそうで……僕はその手を止めることができなかった。
「同じって?」
「人からも、妾の場合は同族からでさえも忌み嫌われる……一人ぼっちの化け物よ」
勇者の剣を僕は取り落とす。
魔法でも、毒でもない……ただその声がとても悲しそうで。
そして気づく。
きっとこれが、触れ合うということなんだって。
もしこれが罠で、呪いを掛けられているのだとしても構わないと思えるほど暖かくて、そして満たされる感覚。
ぽっかりと空いた空洞に入り込む見えない何かに、僕は気が付けば彼女の手を取っていた。
「君も寂しいの?」
「あぁ、とってもな……だから」
微笑からは妖艶さは消え失せ、代わりに泣きそうな子供のような瞳がこちらを見つめている。
「一人ぼっち同士、共に歩んではくれぬか? ラクレス・ザ・ハーキュリー」
その言葉は甘美な甘い毒の様で……セラスは僕の返事を待つようにじぃっと僕を見つめている。
唇が触れ合いそうな距離……いろいろなことがありすぎて僕は混乱をするが。
その彼女の言葉を疑うことも、彼女の言葉を拒否することも……どうやら僕にはできそうにはない。
「……うん」
それは、悪魔との契約だったのかもしれない。
だけど、今の僕には一緒に歩もうと差し伸べられた手を振り払うことなどできず。
「……よかった」
幸せそうに笑う彼女の表情をもっと見たいと願ってしまった。
「では急ごうか」
そういうと、セラスは僕の手を取り速足で駆け出す。
「急ぐって……どこに?」
「来れば分かる!」
いたずらっぽくそう微笑むと、いつの間にか目前に現れた扉をセラスは勢いよく開く。
音を立てて開いた扉は、まばゆいほどの光を放ち。
僕たちは見たこともない場所へと降り立つ。
「……ここは」
そこは、見渡す限りの草原。
魔王城も王城もない……青い空と緑色の草花が広がる何もない場所。
振り返ると僕たちが出てきた扉は閉まり、ボロボロと虚空に塵のように消えていく。
「うむ! 転移は成功のようだな!」
どうやらあの豪華な通路は、セラスが魔力で作った転移用の通路であったようだ。
「転移?」
「あぁ、あの傷のまま遠くまで運ぶのは不可能だったからな、近くにちょうどいい洞窟があったゆえそこで手当てをしたのだ」
なるほど、始まりの森付近の洞窟は何度か入ったことがある。
だから見覚えがあったのだろう。
「それで、ここはどこなんだい?」
「さあの、適当に繋げたから分からん。言っただろう、行けば分かると……まぁ、分からなかったがな」
僕の問いに、セラスはあっけからんとそういうと、束ねていた髪をほどく。
太陽の光を吸い込み、美しい黒髪が解放された喜びを表現するように風にたなびきながら真っすぐに伸びていく。
「適当って……」
そんな彼女の奔放さに僕はあきれ気味にため息を漏らすが。
魔王は少しむすっとした表情を僕に向けると、鼻を人差し指で小突く。
「良いではないか……ここにはお前の命を狙うものも、蔑むものも、恐怖するものも誰一人としていない……ただ、私がいるだけだ」
その表情は、むくれながらも「不満か?」と言いたげで。
だからこそ僕は。
「そうだね、今はそれだけで十分だ」
苦笑交じりにそう返事をする。
「うむ、それでよい! 妾と其方で、ここから歩みだそう……共にな」
「うん、一緒に……」
今度は僕から手を差し出すと、セラスは迷わずに僕の手を取る。
「ふふ……幸せになろうの……お前様?」
「へ?」
余談でセラスには内緒だが……この時やっと、僕はあの廊下でセラスにプロポーズをされていたのだということに気が付いた。
まぁそんなこんなで、珍妙な魔王と勇者の夫婦が、ここに生まれたのだった。
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