第6話 アットホームな魔王城

「さて、幸せな夫婦生活を営むにあたり妾は拠点となる魔王城建設を当面の目標にすることを提案するがどう思うラクレスよ」


 草原に降り立ち、新しい人生を始めた夫婦の最初の会話は、セラスのそんな言葉であり、僕はその言葉に一つ唸る。


「え? 魔王城建てるの?」


 確かにセラスは魔王の一人娘。


 殺されかけたとはいえ、父の意志をついで世界征服に乗り出したいと考えるのも無理はないし自然な流れだ。 

 

 当然、夫である僕も彼女の願いはできる限りかなえたいという思いもあるが。

 

 勇者としてせっかく救った世界を自分の手で滅ぼすというのはなんとなくだが気が引けるものもあるし……そもそも、せっかく遠い場所で新しい人生を始めるのであれば、穏やかに暮らしたい。

 

 これから一緒に暮らすんだ……こういう大事なことはちゃんとセラスの意見を聞いて、話し合っておかないと。

 

 そう考え、僕はセラスの話の続きを聞く姿勢をとると、セラスも楽し気に続きを話始める。


「当然、妾と其方が住まうのだ。並大抵のものでは許さぬぞ」


 僕が攻め入った魔王城は、確か236階建てで隣にあった山と同じぐらいの高さがあったが……。


 並大抵というとあれを超えてくるのだろうか。

 

 話を聞くと決めた直後だけど……早速胃が痛い。

 

「参考までに、どんな感じの魔王城が欲しいの?」


 とりあえず希望を聞いてみると、セラスは待ってましたと言わんばかりに瞳を輝かせると、自分の理想の魔王城について語りだした。


「そうさな、まずダイニングは最低二つ欲しいかの。広さはそこまで問わぬが狭すぎるのは窮屈でしょうがないからな。そしてつくりは石造りよりも木造だ、これは譲れぬ。石は夏ひんやりして気持ちがいいと聞くが、父上に石牢に閉じ込められていたこともありあまり好きになれぬのだ。いいか、木造だぞ?」


「木造?」


 攻められたら一晩で炎上しそうだ。


「うむ、そして次に窓だが窓は大きいものがいいの! 日の光がたくさん部屋に入ったほうが開放感が増して明るい生活ができると聞くし、風通しが良くなれば夏の暑さを軽減できる。冬は身を寄せ合えば寒さはしのげるだろうが、暑いのはかなわぬからな。 次に妻(わらわ)の聖域キッチンだが出来れば大きいほうがいいの、オーブンを設置してくれれば、週末には妾特性のアップルパイを焼いてやろう。ふふっ、妾の得意料理だ、楽しみにするがよい」


 あ、普通の家だこれ。


「えーと、セラスさん?」


「な……なんだ、少し贅沢過ぎたかの。 無理ならオーブンはあきらめるが」


「いや、オーブンはいいんだけどさ」


 しゅんとした表情でそう妥協案を提案してくるセラス。

 

 そのしぐさがあまりにもおかしくて、僕はついつい笑ってしまう。


「な、なんだラクレス。 何がおかしい」


「くくっ…っいやごめん。それのどこが魔王城なのかなって思って。聞いてる限り、普通の家じゃないか」


 木造でオーブン付きの魔王城……なんともアットホームな場所だ。


「なにを言う! 魔王である妾が住んでいるのだ、それはもう魔王城で相違あるまい」


「あぁそういうこと……つまりは、まずは家を建てるための場所を探そうって言ってたわけね」


「そういうことだ」


 この難解な魔王語に慣れるまでには、少しばかり時間がかかりそうだが……セラスの思い描くこれからが、僕の考えていたものに近いということは素直にうれしい話だ。

   

「そっか、それじゃあセラスの意見に異論はないよ」


「そうか! ふふっ、気が合うの!」


「うん、いきなり魔王城とか言い出した時は、世界征服に加担させられるんじゃないかと焦ったけどね」


「そんなことするわけないであろう。妾は魔王ではあるが其方の嫁だ。 お前様の名声を汚すような真似をするはずなかろう」


 にこりと微笑むその姿はとても美しく、不覚にも僕は胸が熱くなる。


「そ、そう……ありがとうセラス」


「礼を言うほどのことではない。 当然のことだ」


 どやっという効果音が聞こえそうな表情でセラスは笑い。 

 

 僕も苦笑を漏らして話を戻すことにする。


「それじゃあ、僕たちの魔王城を建てるにあたってだけど、まずは場所を確保しないとね」


「そうさな……妾は人里離れた場所が良い。其方と二人で静かに暮らせるからな」


「賛成だ……死んだことになってるとはいえ、ゼラスティリアの王様に僕が生きてるとばれるのはまずいからね」


「うむ……となれば、拠点にする場所を求めてしばらくは二人で冒険の日々だ。俗にいう新婚旅行というやつだな」


「ちょっと違う気もするけど……冒険か」


 僕はセラスのその言葉に、ふむと考える。


 冒険と一口に言っても、何も準備なしに始められるものではない。

 

 休憩用の天幕に地図、魔物や獣除けのスクロール……当然水も食料も必須アイテムだ。 


 人里離れた場所を探すなら、それなりの準備を整える必要がある。

  

「となると、何をすべきかが絞られて来たね。まずは旅の準備からだ。僕の旅の道具は全部王城に置いてきちゃったからね……セラスはどう?」


「残念なことに妾も準備は十分とはいえぬ。食料と水は少々残ってはいるが。二人となればそう長くはもつまい……肉はそこらの獣を狩ればよいが問題は水だな。近くに川があるような感じでは無さそうだから……このまま冒険などしたら間違いなく乾きで死ぬ」


 どうやら、セラスも旅慣れてはいるらしく、自分の持っているアイテムの状況から必要な行動を割り出していく。


「となれば……第一優先は水の確保となるけど。その様子じゃ【水流(サモンウオーター)】の魔法は使えないみたいだね」


 ある程度の術者となると、自らの魔術で水を遠隔地から召喚することも可能なのだが。


「すまぬ勇者よ……妾はそういった五大元素の絡む魔法は苦手でな、そこまで上級なものは使えぬ」


 申し訳なさそうにセラスは耳をしゅんと垂れさせる。


「仕方ないよ、そうなればまずは旅に必要な道具と、この地域の情報をそろえるところから始めないとね……川を探すっていうのは現実的じゃないから、村か町を探そう」


「とはいえ、ここらはあたり一面草ばかりで町らしきものはとんと見えんぞ? あちらに森なら見えるが……っ」


 セラスはそう少し離れた場所の森を指さすと、瞳の色を琥珀色に変えて表情を強張らせる。


「どうしたんだい?」


 どこか具合でも悪いのかと僕は問いかけるが。


「……あぁラクレスよ、村探しは出来たが向かうなら急いだほうがよさそうだぞ?」


「どういうこと?」


「あの森の奥……妾の未来視がこの先の村の崩壊を見た。急がねば皆殺しだ」


 セラスの答えは、そんな物騒極まる予言であった。


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