第7話 襲われる少女

       ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……どうして……」


 息を切らしながら少女、メルティナ=カルトラスは森の中を必死に逃げる。


 心臓は悲鳴を上げながら、これ以上は走れないと訴えかけるが、それでも少女はその悲鳴を無視してひたすらに走り続ける。


 止まれば命はないと分かっているから。


 背後から迫るのは重装備の衛兵二人。その手には巨大な剣を構え、逃げ惑う少女を下卑た笑みを浮かべながら馬を駆って追いかける。


 どうしてこんなことになったのか、その理由を少女は知らない。


 いや、恐らく襲撃をされている村の人々も誰一人として理由を知らないだろう。


 分かることといえば背後から迫るのは重装備の兵士であり。

 

 捕まれば殺されるという単純で絶望的な事実のみである。


「生きなきゃ……生きなきゃ」


 少女は、悲鳴を上げる体にそう必死に言い聞かせ、赤く染まった手を握りしめる。

 その手についた血は、彼女の物ではなく友人の物。


 逃げるさなかに弓に射られて死んだ友人、ソリドのものだ。


 ――――助けて……。


 そう足を掴む友人の手を振り払い、メルティアは逃げた。

 

(だってしょうがない、弓矢は心臓を貫いていて……助かる見込みはなかったから。それに、見捨てなければ私も同じように殺されていたから)


 呪いのようにのしかかるソリドの最後の言葉を、そう自分に言い聞かせてメルティナは振り払って走る。一瞬でも飲まれて速度を緩めれば……飽きられて殺されると分かっているから。


 背後から響くのは馬の蹄の音であり、人より足が少し早いダークエルフであったとしても、馬と比べればそんなもの人に毛が生えた程度の速力。

 

 こんな長い距離追いつかれないということはあり得ない。


 つまりは、背後の追跡者二人は遊んでいるのだ。  

 

 少女がどれだけ逃げられるのかを、背後で見て楽しんでいるのだ。


 その事実に、少女は悔しさと恐怖を入り混じらせながら唇をかみちぎる。


 と。


 ――――ザン――――


 「きゃあ!」


 そんな音が聞こえて、少女は吹き飛ばされ地面を転がる。


 「なんで?まだ走れるのに……」


 そんなことを思いながら、少女は必死に立ち上がろうとするが、手についた赤い血が滑りうまく体を起き上がらせることもできない。


 (なんで……なんで……なんでなんでなんで)


 そんな疑問が、少女に渦巻き、その疑問に答えるかのように。


「飽きた……」


 聞きたくもなかったそんな理不尽な答えが背後の男の口から漏れ出す。


 死にたくない……そう心の中で叫んで立ちあがろうとしても。


 ―――もう無理だよ―――。


 呟くように、立ち上がろうとする少女の足は崩れて水たまりの中に倒れこむ。


「なかなか楽しめたよ、お疲れさん」


 私を追っていた兵士はそういうと、馬から降りて剣を抜く。


「たすけ……たすけて……」


 命乞いをする少女。しかし男はもう飽きたおもちゃを見るように。


「悪いがそろそろ戻らないと、隊長にどやされるんでな」


 そう剣を振りあげる。


(あぁ、これはきっと……私が友達を見捨てた罰なんだ)


 少女はそう自分が見捨てた友人に謝罪の言葉を並べながら、静かに目をつむる。


 少しでも、死の恐怖が薄まればいい……そんな淡い期待を持ちながら。


 しかし。


「がっ!?」


 振り上げられた刃は下ろされることはなく、代わりに短い悲鳴とからんという音が響く。


「え?」


 突然の出来事に、メルティナは顔を上げると……そこには勇者が立っていた。


         ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

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