第8話 勇者の力

 ラクレスSIDE


「間に合って良かった」


 フルプレートに身を包んだ兵士を蹴り飛ばし、そう息をつく。


「さてと大丈夫? 立てそう?」


 傷ついた少女に手を差し伸べ、ついでに傷の具合も見る。

 

 少女の肩は大きく剣で切られ抉れているが、傷の深さから命に別状はなさそうだ。


「え、えと……あ、ありがとう……ございます」


 恐怖と痛みでパニックに陥っているのだろう、少女は感謝の言葉を紡ごうとするが、うまく言葉にできていない。


「貴様!? 何者だ!」


 仲間を蹴り飛ばされたことへ腹を立てたのか、側にいた男はそう怒鳴り声をあげて剣を僕に向ける。


 鎧の装飾は僕たちのいたゼラスティリア王国の物ではなく、僕の顔を知っている様子は見られない。


 どうやら、セラスの言う通り本当に遠くに来たようだ。


 となれば、面倒ごとにはならなそうだ。


「なに、ちょっとした旅のものですよ」


「放浪者風情がこのミルドリユニア帝国の騎士団に逆らうというか?」


「ミルド? 聞いたことないな」


 確かに、魔王が支配していた地域はある程度回った覚えはあるが、ミルドリユニア帝国というものは聞いたことがない。


 一体セラスはどれだけ遠くにゲートを繋げたのだろう?


「し、知らないだと!? 学のない浮浪者め……己の間抜けを呪うんだな!どちらにせよ、目撃者は皆殺しだ!」


 男は激高するように剣を構え、僕の体を刺し貫こうとこちらに走る。


 だが、このミルドリユニア帝国というのはよほど平和な国なのだろう。


 もたもたとした足取りに、剣の重みを制御できていないのかブレブレの切っ先に、僕は戦う気も失せてしまう。


 この程度であれば、僕が剣を持つ必要もないだろう。


「リアナ」


 眠っていた勇者の剣の名前を呼ぶと、呼応するように勇者の剣リアナは鞘から自ら飛び出ると、突き出された刃の切っ先をその刀身で防ぐ。


「は?」


 疑問符を浮かべる男。 


 まぁ、その力を知らなければ当然の反応であろう。


 一人でに剣が攻撃を受け止めることができる剣など、古今東西を探しても彼女ぐらいのものだろう。



 勇者の剣【リアナ】は自立戦闘を可能とした生きた剣である。


 仲間であり、師であり、武器である勇者のためだけに作られたその剣は、その刀身に幾千年もの間勇者として戦ったものたちの剣術が記憶されており、彼女自身にも第三階位魔法が刻印され、自分の意思で放てるようになっている。


 持てばきこりであろうが歴戦の勇者の技を振るうことができ、敵に囲まれた際も仲間として先ほどのように自立して戦闘を行いつつ背中を守ってくれ、魔法によるサポートやマジックアイテムとしても多種多様な能力を有する。


 強度や切れ味もさることながらその万能性こそが彼女を伝説たらしめるゆえんであろう。


 それに加えて【記憶】の力により、受け継がれれば受け継がれるだけその【成長】には限りがなく……数千年を生きる彼女の前には、魔王でさえも一方的に蹂躙されることしかできず、魔王を僕が単身撃破できたのも彼女の力のおかげによるところが大きい。


 そんな一度引き抜けば栄光を約束される宝剣リアナ。


 しかしその反面、生きている剣であるゆえに彼女が認めた存在にしか持つことを許されず……長く生きているだけあってその分気位が高い。


 聞くと、年々勇者の剣を引き抜くための条件は上がっているらしく……魔王に国が崩壊させられかけたのも、彼女が引き抜かれるのを拒み続けたためという話もたまに聞く。


 世界を守るはずの彼女のわがままで、世界が崩壊しかけるというのも笑えない話ではあるが……結局最終的には5年前……彼女は僕を主人と認めてくれた。


 勇者の剣を抜いた時の記憶はあいまいだ。


 そもそも予言のおかげで抜けないとは思っていなかったし……驚くほどあっさりと剣は抜けたから。


 なぜ僕に力を貸してくれたのか……というのはいまだに疑問であるが、聞いても首―――といっても刀身だが―――を横に振るだけである。



「随分と弱いみたいだけど、もしかして君、新兵?」


「なっし、新兵だと!? たかが魔法を使えるぐらいで調子に乗るな! 俺は、ミルドリユニアでは二十八番目の剣の使い手だぞ!」


「すごいんだかすごくないんだか反応に困る順位だね」


「馬鹿にしやがって……俺の剣を前にして、いつまでその余裕が保てるかなぁ! くらえぃ!」


 僕の言葉に激高するように、連続で切りかかる兵士。


 ……だが、あくびが出るほどのんびりした太刀筋に、リアナは【こんな奴相手に呼び出すな】とでも言いたげに赤く光ると。


【!!】


 あっさりと兵士の持っていたクレイモアを叩き折ってみせる。


「やっぱり弱すぎるよ……君」



 よくそんなので兵士が務まるものだと僕は少し呆れながらも、兵士の顔面に向かってデコピンを放つ。


「ひぎぃっ!?」


 手心は加えたはずなのだが、軽い感触と同時にフルプレートはひしゃげ、隙間から赤いものが噴出する。


 首の骨は折れてはいないが……どうやら軽く指を弾いただけでも頬骨が砕けてしまったらしい。


「あれ? えーと……生きてるよね?」


 僕は冷や汗交じりにふよふよと浮遊する勇者の剣……【リアナ】に問いかけると。

 ふらりと彼女は伸びた二人の兵士のもとへ行き、つんつんと兵士をつつく。


「!!!」


 やがて、生存が確認できたのか、リアナは頷くように上下にその刀身を揺らした。


「良かった……まぁでも、その様子じゃしばらくは起き上がりそうにないね」


 ふよふよとこちらに戻ってきたリアナを鞘に戻すと、今度は最初に蹴り飛ばしたほうの男性の様子を遠目から見てみる。


 よく見れば、一回目に蹴り飛ばした男も鋼の鎧は粉々に砕けており、不自然に腹部がひしゃげていた。


 残念だがあっちは助からなそうだ。


 一般の兵士にしては随分と装甲が脆いように感じるが……こんなのでは鉄の剣や弓は弾けても、魔物の爪や牙には対応できないと思うのだが……この地域には魔物は少ないのだろうか?


 そんな疑問が僕の脳裏によぎるが……今はそんなことを考えている場合ではないとすぐに意識の外へと放る。 


 知らない国の装備の心配をするよりも、今は少女の傷のほうが優先事項である。


「ごめんね、ちょっと怪我を見るね」


 少女の怪我を見てみると、ぱっくりと肩が裂かれ腱を断ち切られてはいるものの臓器に損傷は見られない。


 恐怖と痛みに青ざめた表情をしているが、呼吸の乱れもなく意識もはっきりしているため出血さえ止まれば命に別状はなさそうだ。


「……リアナ。治せそう?」


 僕はリアナに問うと、彼女は頷くように上下に揺れ、自らの鞘を少女の傷口に触れさせる。


 勇者の剣【リアナ】の刀身は記憶と魔法を有しているが。

 その鞘には高位の常時回復魔法が刻まれている。


 保有している限りその身の傷は回復し続けるという代物であり、毒に対してもある程度の耐性を有する。

 本来であれば即死であるヒドラの毒を飲んでも持ちこたえたのは、リアナが必死に毒の回りを食い止めてくれていたおかげである。


「すごい……傷が」


 そんなリアナの力をもってすれば、正当な契約者でなくてもこの程度の切り傷は簡単に塞がってしまうようで、数秒で少女の体の傷は、ところどころにあった擦り傷やあざを含めて完治し、少女は奇跡を目の当たりにしたかのような表情で腕を上げたり下げたりしている。


「さすがだねリアナ」


「!!」


 称賛の言葉を贈ると、リアナは胸を張るように刀身を揺らし、また僕の腰に戻っていく。


「……あの、あ、ありがとうございます……」


「気にしないで、僕たちも水を分けてもらおうと思って寄っただけだから」


 少女の無事を確認し、僕は手を取って立ちあがらせる。


 見た目は6か7歳ほどだろうか……あまり裕福な生活をしているわけでは無いようで、体は痩せ細っており、身につけている服もボロボロだ。


「水……ですか。その……ごめんなさい、村はきっともう」


 思い出すかのように、少女はその表情に影を落とす。


 当然か、逃げ出した自分が今殺されかけていたのだ……村の人たちの生存は絶望的。


 彼女はそう考えたのだろう。


「大丈夫、君の村ならきっと無事だよ」


 だからこそ、僕は少女の頭を優しく撫でてそう元気付ける。


「え? ど、どうして分かるんです?」


「だって、僕のお嫁さんが……君たちの村の未来を変えにいったからね」

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