第9話 魔王の力

 セラスSIDE


 「なんだ、妾だけか」


 鈴を鳴らすような凛と響く優雅な声。


 その一言から……その場にいた者たちの立場は逆転した。


 一方的に蹂躙をするだけの集団が、一方的に蹂躙される側、獲物へとなり下がったのだ。


 不運なことか、それとも幸運なことなのか? その圧倒的な蹂躙劇は、村の襲撃の任を任された第五部隊長ゴルマンの目の前で開幕をした。


 突如現れた一人の女性。

 妖艶な出で立ち、それでいて誰もが息をのむような絶世の美女。


 村にいるはずがない高貴な服を身にまとった女性は、狩場となった村の中央に何の前触れもなく降り立つと。


「これ、村人を殺すでない……」


 手近にいた兵士を蹴り飛ばした。


「なっ……」


 華麗な回し蹴りにより吹き飛ばされた兵士は、まるでゴムまりか何かのように宙を二度、三度舞い、ゴルマンの真横に落下する。


「……へ?」


 最初、何が起こったのか分からなかった……女性が現れたかと思ったら、突如として部下が宙を舞った。


 理解の追いつかない出来事の連続に、ゴルマンははじめ白昼夢でも見たのかと思い、自らの目を一度こするが。


「殺すなと言っているだろうに……」


「ぼぐっ……」


 鈍い音とともに、今度は馬小屋の藁の中に落下するもう一人の部下を見て、やっとこれが現実であることを受け入れる。


「か、囲め!! あの女を囲め! そして殺せ!」


 その見た目に惑わされはしたが、女性の行ったことは間違いなく襲撃であり、ゴルマンは彼女を放置すべきではない脅威と判断し、兵士たちに彼女を殺害するように命令をする。


 しかし……すぐにそれは間違いであったと気づく。


 少なくともゴルマンは、二人の部下の犠牲により目前の女性が普通ではないと気づいていた。


 そう気づいた時点で逃げるべきだったのだ。


 彼女が兵士二人を蹴り飛ばしたのは、ちょうど村人を殺そうとしている最中だった為だ。


 そのため、明確に敵対をせずに引いていれば、彼女……セラスは彼らを敵と認識することはなく追うこともしなかっただろう。


 だが、剣を向けた為に……目前の兵士たちは皆、一人残らず彼女……魔王セラスの敵になったのだ。


「ふむ、身の程知らずの愚か者どもよな。だがまぁよい、役者は不足しているが魔王に立ち向かうは人の常……その悲鳴をもって、不敬への贖罪としよう」


 セラスは魔王らしく悪辣な笑みを浮かべながら一人の兵士を指さし。


【血祭り《ブラッディレイン》】


 呪文を唱える。


「ひぎゃああぁ!」


 悲鳴と共に内側から破裂する兵士。

 人間であったものは形すら残らず、ただ血の雨と鎧のみが兵士がいたところに降り注ぐ。


「……他愛ない。対抗呪文の一つも持たぬか。大事をとって第七階位の魔法など使わねばよかったわ」


「だ、第七階位? なんで、そんな伝説級の魔法を……」


 ありえないものを見たと言わんばかりにゴルマンはカタカタと肩を揺らす。

 しかしセラスはそんな言葉を聞く耳もたないと言わんばかりに続けて魔法を放つ。


重力波グラヴィティ


 ぺしゃりと、セラスを囲んでいた兵士たち六人が、巨人に踏みつぶされたかのように縦につぶれる。

 今度は悲鳴すらも上がるより先に仲間は死亡したようであり兵士たちは全員恐怖に顔を真っ青に染め剣を取り落とす。


「さて……まだやるか?」


「ひいいいぃいいぃい! た、た、た、助けてえぇ!? 死に、死にたくなあぁい!」


 セラスの言葉に最初に逃げ出したのは騎士団長であるゴルマン。


 その後指揮官の逃走に兵士たちも蜘蛛の子を散らすようにわめきながら村から逃げ出していく。


 その様子をセラスは眺めながら。


「うむ、妾、大勝利‼︎」


 満足気に高々とVサインを掲げるのであった。

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