第14話 魔王は勇者の夢を見る

 セラスSIDE

 昔々の夢を見る……自分ではない誰かの夢だ。


 それは小さく、壊れた英雄の物語。


 それは記憶か……彼の心象風景なのか。


 戦争を知らない彼女には夢の光景がただ寂しい場所だということしか分からなかった。


 そこは焼けただれた町。


 遠くにはいくつにも立ち上る黒煙、見回せば木々も、崩れた建物もすべてが黒く焦げ付き、空は燃えるかのように赤く染まっている。


 戦争か、魔物の襲撃かはたまたその両方か。

 

 無事であるものなど何一つなく。

 

 形を保っていられるものなど一つとして許されない。


 そんな街を、男は一人歩く。


 町の中をゆっくりと……そしてのんびりと観光をするかのように歩く彼は。


 いつものようにニコニコと笑いながら地獄を平然と歩く。


 その光景に眉をひそめるわけでもなく、憤るわけでもなく。


 その背には剣が刺さり、首元には獣の牙が食い込み、だらんと下がった腕はちぎれかかっている。

 

 顔を血で染めながら、歩く度に血を吹き出しながらも。


 何でもないというように、男は笑って歩き続けた。


【ありがとうございます……ありがとうございます】


 顔が塗りつぶされたように黒ずんだ人影が、遠くのほうで感謝の言葉を捧げている。


 面と向かうこともせず、傷の手当てをしようとするのでもなく。


 がれきの陰に怯えるように、細々と彼をほめたたえる。


 だが、顔は塗りつぶされていても、その声や仕草はまるで魔物が通るのを見ているよう。


 そこにあるのは感謝でも、幸福でもなく……化け物に対する恐怖でしかない。


 普通であれば憤るであろう……。


 だが、それでも彼は笑っていた。


 その、剃刀の刃よりも薄っぺらい言の葉を誇るように。


 勇者ラクレスは笑って次の戦場へと向かうのだ。


「なるほどのぉ……確かにこれは化け物よ」


 痛みを感じない魔物はいる。


 感情のない魔物などいくらでもいる。


 だけど……誰よりも怒り、悲しみながら。


 誰よりも痛みに苦しみながらも。


 理想であるために、希望であるために……笑い続ける魔物など存在しない。


 そんな優しい怪物の存在を、きっと誰も信じはしないだろう。


 荒野の真ん中……建物も人影も見えなくなったところで勇者はうずくまる。


 もう歩けないと弱音を吐くように……寂しいと助けを求めるように。


 誰にも見られない場所で ──­もしかしたら心の中だけで──­ 彼は一人涙を流す。



 だからこそ彼女は、当然のようにその化け物を後ろから抱きしめる。


 風にさらされ傷が疼かないように……その涙を、誰にも見られない様に。


「大丈夫だ……大丈夫だよラクレス……妾は全部知っているからの」


 聞こえるはずもない小さな祈り。


 だがその言葉は確かに……勇者を救っていた。

                 ■


「……変な夢よな」


 小鳥のさえずりが響き、セラスはうっすらと目を開ける。


 隣には最愛の夫が眠っており、朝の陽ざしはほんのりと暖かい。


「まだ早い時間よな……ふあぁ……随分と無防備に寝てしまったものだ」


 体を起こし、セラスはうっとうし気に手を伸ばして小鳥を追い払うと、やがてすぐに静寂が訪れる。


「んーーっくぅ」


 夫の眠りを妨げるものがいなくなったことを確認した後に、大きく伸びをするセラス。

 迷宮図書館のベッドに比べれば、確かに寝心地は悪いが、セラスは何となしにこの藁の感覚も悪くはないと感じていた。


 隣の勇者は小鳥の声程度では起きないようで、藁の上で静かに寝息を立てており、知らず知らずのうちにセラスは口元をほころばせる。


 その無防備さは、本当に世界を救った勇者なのかさえ疑問に思えるほど緊張感がなく。

 そして恐らくそんな無防備な姿を見せるのは自分にだけなのだとセラスは心の中で熱いものが沸き上がるのを感じる。


「……顔でも洗ってこようかの」


 本当は寝ている夫に抱き着いて温もりを感じつつ二度寝をしたい。


 しかし魔王として、そして勇者の嫁としての誇りと自負が、その欲望をかろうじて押さえつけ、セラスは自らの火照りを抑えるために立ちあがろうと手をつくと。



   ──むにっ。


「むに?」


 なにやら柔らかいものの感触を覚えて、首を傾げて太ももあたりを見やる。


「……むにゃ……」


 そこには、褐色の肌にラクレスと同じ黄金の髪……そして自らと同じ人よりも少し長い耳を持った小さな少女が抱き着くように眠っていた。



「……ふぅ」


 セラスは一度硬直し、そして隣で眠るラクレスを見て一つ息を吐く。


 彼女は冷静だった……。

 冷静に、かつて魔王城にて授かった知識の全てをもってして、その状況を分析し……すぐに最も論理的な答えを導き出す。


「よもや……手をつなぐだけでも子供が出来てしまうとは……さすがは勇者と言ったところか」


 彼女は冷静で、理知的だ。


 だが一つ過ちがあるとすると……未来視が発現するまで過保護にそして姫として育てられた彼女の貞操教育を……魔王城の魔物たちは幼児のそれと同じレベルにとどめてしまったという一点であろう。


                    ■

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