第33話 リヴァイアサン
聖騎士団本部アイロンメイデンに到着した僕たちは、そのまま応接間に通される。
外装の派手さとは打って変わった素朴で質素な応接間の内装。
部屋の壁に掛けられた剣や盾、そして部屋の配置はどこか見覚えがあり。
しばらく考えたのちに、かつて一度だけ案内されたエミリアの私室と全く同じなのだということを思い出す。
「……この部屋の配置は最初から決まってるの?」
「ええ、応接間は旧ゼラスティリア王国のエミリア様の私室をそのまま再現をしております。家具も、飾ってあります剣も何もかもがそのままこの場所に残されています」
「なるほど……じゃああれは本物なんだね」
「あぁ、あの鎧ですね。 やはりラクレス様はご存知でございましたか。贋作との声も一時期あったのですが……その様子では本物なのですね」
部屋の奥、私室に飾ってあったものと全く同じ姿でそこにあるのは女性ものの鎧。
左わき腹部分にある大きな傷は、初陣の僕をかばった時にできたものであり、
それがエミリアが魔王軍との戦いの時に身にまとっていた本物の鎧であることは、一目で分かった。
200年という時間がたったにも関わらず、輝きを失わないその様子はかつて僕と共に戦ったエミリアの思い出をよみがえらせる。
聖女エミリア。【悠久の魔王】の出現を最初に予言した少女であり、勇者の剣を抜いた後、城に招かれた僕をお城まで案内してくれたのが彼女だった。
エルドラドが兄だとするならば彼女はお姉さんといった感じで、夜遊びが絶えないエルドラドをケイロンと一緒にしかりつける姿をもう見れないのだと思うと少しだけ胸が締め付けられるような気持になる。
戦場では神槍【パラス・アテナイエ】を振るい魔物を殲滅し
戦場から離れればその癒しの力で多くのけが人や病人を癒し
魔王討伐終盤には、単身で魔王城に挑んだためほとんど会う機会はなくなってしまっていたが。
戦争が激化するまでの二年間は、ほとんどを彼女と共に過ごしたような気がする。
気が合ったのか、ただ彼女が世話焼きだったのかどちらかは分からないが。
城下町を巡ったり、都会や王城でのマナーを学んだり田舎者の僕にいろいろなことを教えてくれた。
きっと僕にお姉ちゃんが居たら、こんな感じなんだろうと……家族ができたようで僕はとてもうれしかった。
「魔王を倒したら。 クッキーを焼いてくれるって約束してくれたんだけどなぁ」
エミリアに刺し貫かれた手の甲が静かに痛む。
エルドラドは永遠の命を得るために僕が邪魔だったといった。
エミリアもそんな事のために僕を消そうとしたのだろうか。
「……エミリア様は、ラクレス様に毒を盛ったことを痛く後悔をされていたと聞いております。 晩年に残された書物も予言以外はすべてあなたへの謝罪の言葉が並べられ……リヴァイアサンに挑むときにはもう、心も体も弱り切っていた状態で……エミリア様がリヴァイアサンに挑んだのは、自殺だったのではないかという噂も流れるほどです」
「……自殺って……」
明るい彼女からは想像すらできない行動に僕は息をのみ、セラスは不機嫌そうに案内されたソファに座ると。
「身勝手な……悔やむぐらいならば最初からしなければよいものを……」
そういって苛立たし気に爪を噛んだ。
「死人を悪くいうのはよくねーぜ、魔王様よ。今はメルティナちゃんもいるんだしよ」
そういってタクリボーはメルティナを指さして苦笑を漏らす。
長旅で疲れたのか、リアナを抱きしめながらセラスの腕の中でいつの間にか眠ってしまっているメルティナ。
そんな娘の寝顔にセラスはばつが悪そうに表情を歪めると、そっとメルティナの頭をなでてそれ以上は何も言わなかった。
「ごめんね、僕のせいで変な話になっちゃった……それでカタリナ、この町で起こってる異変についてだけど、湖の水がどうしてあんなことになっちゃってるの?」
感傷に浸るのを一度やめ、僕はソファに腰を掛けて本題に戻ることにする。
どれだけ振り返ろうが過去は変わらないし、僕やエミリアの関係はカタリナたちには関係がないことだ。
カタリナは一度頷くと、静かに今の町の状況を語りだした。
「ご存知かもしれませんが、このヴェルネセチラはエミリア様が海龍リヴァイアサンを命と引き換えに封印をしその後建てられた街で、封印がなされた棺を補完するためにこのアイロンメイデンは作られたのです」
「……四将軍の力をもってしても、封印しかできなかったんだ」
「ええ……ですが封印は内側からは決して破れず、この町はリヴァイアサンがまだ生きているということも忘れて今まで平和に過ごしてきました……ですが」
「……何があったの?」
僕の質問に、顔を曇らせるカタリナは、少し考えたのちに、決心したようにうなずき。
「封印がなされた鉄の棺が……先日エミリア様の予言の通り何者かに盗まれ破壊されました。湖が赤いのは、リヴァイアサンの二百年分の血が流れ込んだゆえ。じきに……リヴァイアサンはすべての力を取り戻しこの町を襲うのです」
そんなとんでもないことを言ったのであった。
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