第37話 怪しい状況証拠

「ふむ、第三階位の魔法【不可視の忍び寄り】にて姿を隠匿、第五階位の【魔封破】にて棺を盗み出したと。面妖な話よ、魔導の痕跡は残す癖に、自分の痕跡につながるものはこの鳥の羽一枚だけとは」


「その鳥の羽は虹色クジャクの尾羽だね。話によるとSSランク相当の魔物で、倒せるのは一握りの人間だけだって」


「はぁ、魔王城でターキーにされていた家畜が最高位の魔物とは、二代目魔王として少しばかり歯がゆい思いだな」


「200年も経っているんだもん……いろいろ変わるさ」


 セラスは騎士団に貰った操作資料とスケッチを見比べながらため息を漏らすと、腑に落ちないといった表情を浮かべてベッドに横になる。


 ここはカタリナにより特別に用意してもらったヴェルネセチラでも一・二位を争う高級宿。


 内装もカーペットもすべてがゼラスティリア王国王城よりも高価なものを使用しており、天井を見れば客室だというのに小さなシャンデリアがつるされており、キラキラと宝石のように魔鉱石が輝きを放つ。


 町を一望することができるつくりのベランダは、現在封鎖されてはいるが、きっと湖が血の海に染まってさえいなければ息をのむほどの美しさを楽しみながら、セラスとの夜を過ごすことができたのであろう……相も変わらずな不運体質に僕はため息をつきたくなるが、そこを我慢してベッドの上でだらしなく足をパタパタさせているセラスに視線を向ける。


 長い髪がベッドの上でだらしなく広がる様子には警戒心も何もなく、隣のベッドでリアナを抱きしめながらすよすよと寝息を立てるメルティナの方が大人びて見えるほどだ。


 だが、そんな彼女に僕は少しほほを緩める。


 だらしない格好で横になっているだけで可愛い僕の妻、反則すぎである。


「嘆かわしいが……まぁそれが平和というものなのかもしれんな。しかし、御前様のいう通りあのターキーが今やこの世界でも一握りの人間にしか倒すことのできない魔物であるならば、もはや犯人は決まったようなものではないのか?」


 セラスはそう言うと、ごろりと寝返りを打って僕にそういうが。 

 僕は一つ唸って首をひねる。


と言うのも、僕たちにはこの羽に見覚えがあったからだ。


それは、今朝僕たちに絡んできた冒険者、キホーテのかぶっていた帽子に付けれれていたものと全く同じであったからだ。


「セラスのいう通り、この飾り羽間違いなくキホーテがかぶっていた帽子の羽と同じものだし……キホーテが虹色クジャクの討伐依頼を一週間前に受けていることも調べが簡単についてるらしい」


「実力的にもあ奴しか達成は出来ぬだろうな。 第三者の登場を疑うこともできるが……それを覆すには、恐ろしいほど状況証拠がそろいすぎている」


「……」


 セラスの言葉に、僕は押し黙る。


 状況証拠から考えれば、キホーテを疑うのが当然であろう。


 しかしながら僕の中の何かが違和感を訴える。


恐らくここまで状況証拠が揃っている中でも、カタリナさんたちがキホーテの逮捕に向けて動かないのも同じ理由だろう。


「ふむ、お前様の抱いている疑念はわかるぞ。 わかりやすいほどに状況証拠がそろいすぎておると言いたいのだろう?」


「うん……」


「御前様のいう通り……恐らくはキホーテを疑う様に何者かが何かを仕組んでおるというので間違いはないだろう。白昼堂々厳重な警備を誰一人に姿を見られることなく盗み出すような人間が、こんなわかりやすい証拠を残していくこと自体がもはやありえないことであろうに……だが反対に、我々には今ある次の手掛かりはキホーテしかおらぬ……あの男にまた会わねばならぬのはとても不本意ではあるが、この事件は遠回りこそ近道というものだ。故に悩むだけ時間の無駄……メルティナもすっかり寝ておるのだ、今宵は二人きりの夜を楽しもうぞ? ラクレス」


 セラスは妖艶に笑いながら、ゆっくりとドレスを脱ぐ。


「はっ!? セ、セラス一体何して……ってあれ?」


 細く美しい体がドレスの中から現れる。


 あらわになる肩は雪のように白く……ドレスの下にまとっていたワンピースが彼女のスタイルの良さを際立たせる。


 男心を弄ばれたような気持ちだ。


「なんだその反応は……まさかそのまま下着姿にでもなると思ったのか?

痴女ではないのだぞ妾は。まったく何を期待しておるのやら助平め」


「うぐぐ」


 夫婦ならそういうことを期待したっていいじゃないか……と言いたいが、コウノトリさんが子供を運んでくると信じてやまない彼女に言っても話は平行線のままで終わること間違いないので、僕は何も言わずに引き下がる。


「ラクレスも意外と男の子よな……ふふふ、甘えてもよいのだぞ? 膝枕をしようか? それとも頭をなでてやろうか?」


「からかうなよセラス。 まったく……そんな意地悪言うなら別々の部屋で寝るぞ?」


「ふふふ、すまぬすまぬ、顔を赤くするお前さんがつい愛おしくてな……そうそう、言いわすれていたのだが、ここの宿には大浴場があるらしくてな、カタリナが気を利かせてそこを今夜は貸し切りにしてくれたそうだぞ? といっても誰も今日は宿泊者が居なかったからだそうだが」


「え、そうなの? 宿の手配だけじゃなくてそんな気遣いまでしてもらっちゃって」


「うむうむ……まぁ我らとてとんでもない魔物倒そうとしておるわけだし? せっかく貸し切りなのだ。美しき湖を背に、グラスを鳴らすことは叶わずとも……浴場にてともに酒でも楽しもうではないか? のぉラクレス」


「……楽しむって……まさか」


「うむ、今宵限り大浴場は混浴となるそうだ」


「いやっほおおぅ、ありがとうカタリナ!」(そんな、混浴だなんていけないよ)


「ラクレス、心の声と建前が逆になっておるぞ」


 そんなこんなで、僕とセラスは二人で初めての温泉に入ることになるのであった。

 

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