第36話 忌むべき者の交わり


 キホーテSIDE


「くそっ……くそくそくそっ!! なんなんだあいつら、この僕をこんな目にあわせて……許さない、絶対に許さないんだからな」


 文句を言いながら真っ赤に染まった全身を引きずるように歩くキホーテ。

 何があったかまでは彼程度の力では理解することは叶わなかったものの、先ほどの女性に魔法を行使されたという事実だけはうっすらと覚えているらしく、怒りをおぼえながらも宿泊しているホテルへと急ぐ。


「……まずは男の方の両手両足を切り取って、目の前で催眠魔法に最高級の猛毒魔法を女にかけて二度ともどらないほど脳みそぶっ壊して飼ってやるからな!」


 下卑た復讐方法を思い描きながら歩く彼の姿はどこからどう見ても勇者としての品格はない。

 しかしながらそのっ声をすべて実力と才能で黙らせてきた。

 そんな彼が初めて敗北を喫した。


 それも絶対の自信を持っていた魔法でだ。


「くそ、くそ、くそ……俺は最強なんだ。 俺は勇者になる男だぞ……それをあの女」

 

 誰もいない町に、一人キホーテの声が響く。

 

 と。


「成程、いぃ憎悪だ。無様で身勝手……実に私好みだよ」


 背後から声が響く。

 ねっとりとした……それでいてどこか愉快気なその声に、キホーテは苛立ちながら振り返る。


「誰だよあんた、もしかして今の僕に言った?」


 振り返ると、ローブを身にまとった男がキホーテに向かって歩いてくるのが見える。


 顔まですっぽりとフードをかぶっているため顔は見えないが、緩んだ口元と低い声から若い男性であろうということはわかる。


「あぁそうさ。 君のように死んでも誰も困らない身勝手で愚かな人間を探していたのさ、いや君は実に運がいい……だって最後に私の役に立って死ねるのだから」


 その言葉は完全に敵意をむき出しにした発言であり、キホーテは剣を抜いて魔法を構える。


「君さ、今聞き間違いだと思うけど俺のこと死んでも誰も困らないって言った? 喧嘩を売るときは相手をよく見て売った方が良いぜ? 俺は勇者候補の……」


「あぁ、知っているよ、出来損ない君」


隠す気なしの挑発に、キホーテは警告をやめてこの人物を殺害することを決める。


「わかった、あんたが誰だか知らないけど、身の程って奴を刻んであげるよ!!」


 剣を構え、魔力を練り上げ放つキホーテ。


【第五階位魔法 火柱】


現代において最強クラスの魔法である炎熱系の魔法。


「愚かな」


 しかし男はそれをあざ笑うように虚空を指でなぞる。


【第一階位魔法 排斥リジェクト


 立ち上る炎を、指先から放たれた水がかき消す。


「んな!? だ、第一階位魔法!? 嘘だありえない、なんでそんなくそみたいな魔法に僕の第五階位魔法が!?」


「難しく考える必要はありません……あなたの全力が、私の指先一つにも満たなかったというだけですから。ですが恥じることはありません。 道化が私に指先を使わせたのです……なるほど、あなたは確かに才能がありますね、ごみとしては」


「お前……」


 怒りと恐怖に身を震わせながら、キホーテは剣を振るおうと走るが。


【第二階位 束縛】


 水路を流れる赤い水が、キホーテに一斉に襲い掛かり、その両手足をひものように縛り上げる。


「なっなんだ、なんだこれ!? 何なんだよこれ! くそっ離せ!」


 暴れるキホーテ。

 しかしいくら暴れようともその束縛は緩む気配はなく、からりと剣がその手から転がり落ちる。


「……大丈夫ご安心ください……あなたは望み通り力を手に入れるのです。まぁ、力が巨大すぎて元の形は保てないでしょうが、なに、あなたの愚劣さから考えれば思考回路が焼き切れていた方がまだましといった所でしょう」


「何……言って」


「理解する必要はありません、ただ怯え、怒りなさい。そうすればあなたは、魔王ですら上回る力を手に入れるでしょう……最強の魔導士が約束します」


「最強……お前、まさかケイロもごぁ」


 口の中に押し込まれる何か。


 それは肉の塊のようであり、吐き出そうとするも口の中におさめられた肉塊は蠢いて自らキホーテの喉奥をこじ開けながら滑り込む。


「なっ!? がっ……があああああああああああああああああああああ!? い、痛い!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!? た、助け、体、体が裂け、裂け!? お前、お前一体何を飲ませおがあぁ」


「何って……そうですねぇ、一言でいうとですかねぇ?」


「リヴァッ!? お前何して……うぎゃああぁあ!」


「あらあら、随分相性が良かったんですね、もう変異が始まりましたか」


 ずるりとキホーテの体が泥のように崩れ落ち、代わりにひれのようなものがぞぶりと体を突き破って現れる。


「いいいいいいいい何、ナニコレ!? なんだこれ! 助け! 助けてお願い! なんでも、なんでもするから! お金あげるから! お願い助けて!」


 べちゃりとキホーテの肉が剥がれ落ちていき、崩れ落ちた顔の皮膚が言葉をしゃべる。

 


 その体はすでに変容を初めており、満足げに男は笑うと。


「わかりました……ではあなたはリヴァイアサンを超えてください」


「ごあああああああああああああああああ!?」


 膨れ上がる肉の塊……無茶苦茶に形が作られていくキホーテの体はもはや人の面影はなく。男は満足げにうなずくと、空間から二つの物を取り出す。


 それは人が一人収まりそうな鉄の棺と、煌々と輝く白い槍。


「……さぁて、あなたの予言と私の演算、どっちが勝つのか楽しみですねぇ。エミリアさん」


 笑いながら男は肉塊の中にその二つをめり込ませる。


 【────────────!!?】


 もはや声とは呼べぬ奇怪な咆哮を上げ、肉塊は目の前の男から逃げるように自らの腕と足を引きちぎって水路の中へと飛び込み逃げる。


「魚らしくなってきましたねぇ……」


 くすくすとそんな様子を楽し気に見て笑い、男は勇者と魔王のいるアイロンメイデン城を見上げる。


「……くくく、ラクレスさん。確かにリヴァイアサンだけならあなたにとっては脅威ではないかもしれませんが……四将軍の力を取り込んだリヴァイアサンだったら、どうなるんでしょうねぇ?」


 楽し気な男の笑い声は……すっかり静まり返ったヴェルネセチラの町に、不気味に響き渡ったのであった。

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