第54話 贖罪
ラクレスside
「エミリア……何だよその姿」
エミリアの姿を見た時、僕はそう声を漏らした。
何の感情も浮かばないと思っていた。
今までの2人のように、棺から現れた彼女の姿を見て、あっさりと裏切ったことを許して。
そしていつものように興味をなくすのだと思っていた。
だけど意外にも、棺から現れた少女の姿を見たぼくが感じた感情は。
純粋な哀しみであった。
「なんだよそれ」
もう一度、今度は明確な怒気を込めて僕は呟く。
ここで初めて、僕はどうして怒っているのかを理解する。
ボロボロの体に、痩せこけた頬。
苦痛に表情を歪め……全てに絶望をするように血の涙を流して眠る少女。
その姿に……僕は彼女が幸せではなかったのだと初めて理解し、不思議なことにその事実に苛立ちを覚えていた。
僕を殺して、幸せになったエルドラドとケイロン。
だけど、彼女は僕を殺したせいでこんな凄惨な状態で二百年を苦しんだのだ。
「裏切ったなら……せめて幸せになれよ……」
自分でも愚かしい発言だと思う。
だけどそれは不思議なことに本心からの言葉。
セラスに呆れられるかもしれないけれど、結局僕はどんな形でも誰かの幸せを願ってしまうらしい。
ここまで壊れているとは自分でも驚きだったが。
僕は苦悶の表情をうかべるエミリアの涙をそっと拭い、かすかなぬくもりが指先から伝うのを感じた。
生きている。
ボロボロでやせ細っているけど、魔王の力はこんな状態の彼女に死すらも与えてくれないようで。
僕はリアナを抜き、エミリアを縛りつけるように巻かれた鎖をリアナで切り取っていく。
すると。
「なんで……助けるんですか」
ぼそりと、眠っていたはずの少女は声を漏らす。
「起きていたの? 狸寝入りはケイロンにでも教わったのかい?」
驚きはしたが、変わることのない親友の声に僕は冷静にそんなジョークをこぼす。
もっと気の利いたセリフはないのかと言いたげにリアナはこつんと柄で僕の頭を小突くが、今の僕にはこれが精一杯である。
「ふざけないでください……私は、私はあなたを裏切りました。 あなたを殺そうとした……だから殺していいんですよ? 無残に切り刻んでいいんです。恨み言を沢山ぶつけて、私を沢山呪ってください。 それが私の償いなんです。 誰よりも優しいあなたを裏切った。本当は誰よりも愛され、誰からも慕われなければならないあなたを……私は殺してしまった」
ぼろぼろと涙が溢れ、懇願するようにエミリアは死を願う。
200年……彼女は僕を殺したことを後悔していたのだろう。
だからこそ、僕は浮かんだ疑問をそのまま口にする。
「……あの夜……毒を飲まされて君たちに剣で突き刺された時。君だけは手の甲を突き刺したんだエミリア」
びくりとエミリアは体を震わせる。
彼女は200年覚えていたのだ、僕を殺したあの夜のことを。おそらく、僕以上に鮮明に。
「正直に教えてエミリア……君の未来視の力があったなら。 僕は君から逃げられなかったと思う。 あの王城の中で、毒にやられて死に絶えてたはずだ。だけど僕は逃げ切れた。そしてセラスに出会えた。 もしかして……君は知ってたの?」
僕の質問に、エミリアは小さく頷き……言葉を漏らす。
「……ああするしかなかった。 何度も何度も夢の中であなたの死を見て……何度も何度も満足してあなたは死んでいきました。 王様に死んでくれと頼まれて、喜んでみずからの首を掻き切った時もあれば。 私たちが全員で切りかかっても……あなたは笑って抵抗をしない時もあった。 あなたに死にたくないと思わせるには……あの方法しかなかったの。ごめんなさい。辛かったよね……ラクレス……約束守れなくてごめんね……クッキー用意してたのに……私結局……約束何も守れなくて……うっ……うぐっ……ひっく……」
泣きながら謝罪の言葉を重ねるエミリア。
その言葉に僕はどんな言葉をかけていいか分からず、ただ彼女の泣き顔を見つめていると。
「変えられぬ未来を見てしまうというのも、辛いものよな」
鎖を魔法でちぎり、崩れるようにアイロンメイデンから倒れてきたエミリアを、セラスは優しく抱きとめた。
「セラス……」
「セラスさん……私……私」
未来視にて、セラスのことをエミリアは知っていたのだろう。
セラスに対しエミリアはなにか言葉を紡ごうとするが。
「よい……。 毒を盛ったことを許すつもりはないし、ラクレスを傷つけたことを、夫が許したとしても妾は許さぬ。だが、同時に其方はラクレスの命を救ってくれた……礼を言う」
その言葉は優しく……エミリアはセラスに包まれながら先ほどよりも大粒の涙を流す。
「ありがとうございますセラスさん……ラクレスを助けてくれて……幸せにしてくれて……ありがとうございます……ありがとうございます」
「そんなこと感謝される筋合いはない。 それに、聖女が魔王なんぞに礼などいうものではないぞたわけ。 まぁ今のは200年封じ込められた疲労からの戯言として聞き流すゆえな……今はもう眠れ。 想い人に……そのような顔其方も見せたくないだろう?」
セラスの言葉にエミリアはなにかを言いたげな表情を見せたが、有無を言わさずセラスは頭を人差し指で撫で魔法をかける。
それは子供を寝かしつけるためのおまじない程度の魔法であったが。
エミリアは糸が切れたかのようにぐっすりと眠ってしまった。
「のぉ。お前様……どうやら世界は、思ったよりお前様を嫌ってはいなかったようだぞ?」
静かになったヴェルネセチラの街。 エミリアを抱きかかえ背を向けたまま、セラスはポツリと僕に呟く。
「うん……そうだね。 ありがとうセラス……気づかせてくれて」
セラスはふりかえらない。
それはきっと彼女には見えてしまったからだろう。
くしゃくしゃになりながら、その場で立ち尽くして涙を流す情けない夫の顔が。
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