第39話 未来を変えてくれた人
「うふふふふふ、我が夫は本当にいい飲みっぷりよな〜」
それからしばらく、一つのお猪口を交互に使いながらお酒をセラスと酌み交わしたのだが、徳利が数本空になった頃、セラスは急にやけにニコニコとしはじめた。
どうやら随分と酔いが回ってしまったらしい。
「せ、セラス大丈夫? そろそろお酒はやめておいた方がいいんじゃ」
「……………」
体調を心配して声をかけるが、聞こえていないのかセラスはポケっとした顔でこちらを見つめる。
完全に酔っ払ってるようで、目の焦点があっていない。
「ちょっと、セラスさん聞こえてる? もしかして酔っ払ってるの?」
「酔っ払ってなどおらにゅわー」
「……酔ってるじゃん」
調子にのって飲ませすぎた、と反省して僕はため息を漏らすと。
「酔ってなどおらぬわ‼︎」
不意にセラスは僕の腕をくすぐるように指でなぞってきた。
「ひゃん‼︎? なっ……なっ、何するんだよセラス」
「くふふふふー、綺麗な肌よなーと思って悪戯しただけよ。酔ったふりでもせんと躱されるのがおちだったゆえな」
「なるほどね、全く。飛んだ役者だよ……というか肌が綺麗って、せ、セラスほどじゃないだろ?」
「そんなことはないぞ……引き締まった体でありながら肌はまるで高級な絹のよう。魔物と戦い傷ついた形跡はあれど……とてもではないが魔王を倒したとは思えぬほどよ。あの怪力がこの細腕のどこに収められておるのだ? 本当に」
「さぁ……体が丈夫なのも、力が強いのも生まれつきだし」
「そうだったな……ただの木こりと名乗った男が、丸太で妾に襲い掛かる吸血鬼の頭を砕いたときは真に驚いたわ」
「あの時は僕も必死だったのさ……田舎育ちだから魔物なんて初めて見たし……」
「ふふ、だが丸太を担いで魔物をなぎ倒すそなたは真に格好良かったぞ?うっかり一目惚れをしてしまうほどにはの」
「な、なんだか恥ずかしいな」
なにやら表情が崩れる程満面の笑みを見せるセラスは珍しく、僕はそんな彼女の見たことのない一面に心臓が限界が近いと悲鳴を上げる。
「……くふふー……愛い奴よなぁ。 だが妾、お前様のことがだーい好きだから何度でも言っちゃうぞーラクレスは―、世界で一番格好いい旦那様なのよなー……ひっく」
こてんと頭を僕の肩に乗せて、頬ずりをするセラスは、普段の彼女なら絶対に言わないようなセリフを語る。
「……やっぱり酔っぱらってるじゃんセラス‼︎?」
「くふふふふー! まっさかー! 妾を誰と心得る。 お前様のお嫁さんだゾ!」
ウインクをしてピースをするセラス。
完全に酔っぱらっている。
「さてはあんまり飲めないくせに格好つけたねセラス」
「酔ってないもん」
はいかわいい。
「やれやれ……見栄っ張りなんだから。 頼むからのぼせないでよね」
「はーい」
にこにこと機嫌よく僕の肩に頭をのせるセラス。
僕はそんな彼女に呆れながらも、一人でちびちびとお酒を楽しむ。
すると。
「のぉラクレス」
「何?」
「……父上は、どんな最後であった?」
呟くように、セラスはそんな問いを投げかけてくる。
それはただの興味本位だろうか……確認だろうか。
未来視で一度予言したはずの父親の死を、セラスは確認をした。
「……正直な話、自滅だったね」
「あぁ……やはりか」
魔王との戦いでさえも、僕とリアナは苦戦というものはしなかった。
魔王は確かにいままで戦ってきたどんな魔物よりも強かったが、何かを守る必要もなければ、あたりを破壊しないようにという配慮すら必要のない魔王城での戦いは、恐らく今まで戦った戦場の中で最も僕にとって戦いやすいフィールドであったのが原因であろう。
魔王城が戦いやすいというのは何とも皮肉ではあるが……おかげで魔王との戦いは無傷にて勝利を収めることができた。
「リアナの相手で手いっぱいって感じだったから、正直悪いことしちゃったなって思うよ。
弱かったわけではないけれど、すこし意地っ張りだったね。 魔法があんまり効かなかったのが悔しかったみたいで、結局十三階位魔法の使い過ぎで魔力欠乏を起こして、そのままあっさり……。攻撃魔法だけじゃなくて、状態異常魔法も絡めて責められたら少し厳しかったかもしれないけど」
「忠告はしたのだけれどもなぁ……結局、父上は未来を変えられなんだな」
表情なくセラスは呟く。
そこにある感情は憐憫なのかそれとも憤懣なのか何の感情すら沸いていないのか。
あるいは、未来を変えられなかったことを後悔しているのか。
彼女の中にあるものを僕は知ることは出来ない。
だからこそ……何となく僕は彼女の頭を優しくなでた。
「……君は、僕の未来をちゃんと変えてくれたよ。ありがとうセラス」
「……ん」
短く微笑みセラスは静かに瞳を閉じ。
僕もつられて瞳を閉じる。
ただただ静かな大浴場。
感じるのはお湯の熱と……セラスの体温だけ。
そんな幸せな時間を噛みしめるように、かすかに木霊する水の音を聞いていると。
「……くー……くー」
かわいらしい妻の寝息が、混ざって聞こえてきたのであった。
□
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