第11話 夫婦は交渉する


「本来であれば、村の者全員で感謝を捧げるべきなのですが、亡くなったものを弔ってやらなければなりません。 なのでお話は私だけでさせていただきます」


「構わぬ。 こちらは二日ほどは待つ覚悟であったからな、妾達への気遣い痛み入る」


 襲撃から二時間ほど経ったあと、村は少し落ち着きを取り戻したのか、僕とセラスが通されたのは簡素な家だった。


 おそらく襲われて荒らされた家の中でも比較的破損の少ない家を選んだのだろう。


 村長は僕たちを部屋に通すとそっと席に着き、僕たちも続くように腰を落ち着かせる。


 窓から見えるのはせっせと木材や死体を運ぶ村の人々。


「村を助けていただいた上に怪我の治療まで……何から何まで」


 感謝の言葉を述べようとするアミルさんであったが、セラスは手を出してその言葉を止める。


「良い、こちらにもメリットがあると判断した故だからな。 村があんな状態で長を長く拘束するわけにも行かぬからな、単刀直入に聞こう、いくらまで出せる?」


 セラスの言葉に、アミルさんの顔色が変わる。


 その表情からは、到底今回の襲撃を救われた対価を払えるほどの蓄えはないといった様子だ。


「申し訳ございませんが、とてもでは無いですが金貨は難しいです。 ご存知の通り、我々はダークエルフ。 この森に追放された卑しい部族である私たちが、お金を稼ぐ手段は限られていますので」


 ご存知の通りというが、セラスと僕は顔を見合わせる。


 ダークエルフと言えば[魔術の深淵に至るエルフ]という意味であり、ゼラスティリアではエルフ族よりも高位のエルフとして神聖視すらされていた種族である。


 魔王との戦いでも、最初に国王が盟約を結んだとされる種族であり、魔術師の最高到達点[大賢者]へと至るものの二人に一人はダークエルフと言われるほど、魔法の才に秀でた存在だ。


 大地の力に優れ長寿なエルフ族に対し、五大元素を含むすべての魔法に優れ短命なダークエルフ。


 神が手放すのを惜しむ種族と揶揄されるほどの彼等が迫害……ましてや自らを卑しいと呼ぶなど僕もセラスも考えられなかったからだ。


 国が違うと扱いがここまで変わるのか……なんで僕は思いながらも、ただ頷いて村長との交渉を続けることにする。


「わかりました、それでは別のもので手を打つとします」


「と、言われると……それは、その、私の体でしょうか?」


「へ?」


「ぬっ?」


 ちらりとセラスが心配そうな顔で僕を見たが、僕は慌てて首を振る。


 そんなに見てたかな、たしかに胸元の大きく開いた服を着てるけど。


「そ、そういったものは必要ありません。 僕たちは旅のものでして、この地域は初めてなんです」


「こ、これは失礼を!? え、えと、その、つまりは、情報が欲しいと?」


 アミルさんも状況を察したのか恐る恐るそう聞いてくる。


「ええ、もちろん情報だけでは村を救った対価としては釣り合わないので、これからもここを旅の補給拠点の一つとして使わせて頂けるというのであれば、報酬はそれで手を打ちましょう」


 随分と甘いことよな……と言いたげにセラスは鼻を鳴らして机に肘をつく。

 自分でも甘いかなとは思ったが、補給拠点は旅をする上で重要になるし必要なものだ。


「わかりました……幸い森の恵みのお陰で食料や水には苦労をしていませんので……それでよろしければ」


 アミルさんはこちらに感謝するような瞳で手を伸ばしてくる。

 そこに不信はなく、僕はその手を取ろうとすると。


「取引成立よな」


 それを遮るようにセラスはアミルさんの手を取り握手をした。


「では、報酬の件はこれでひとまずは?」


「そうさな、情報は後でゆっくりもらうとしよう」


「ありがとうございます。 では次にお二人の用事というものをお聞きしたいのですが」


 そう村長はいうが僕は困ってしまう。


 用事というのは先ほどいった水の確保と情報である。


 報酬という形で受け取ることになってしまったため、用事というものは実際にはもうなくなってしまっている。


 僕は困ってセラスを見ると。


「いや、用事は落ち着いてからで良い。村全体との取引になる故な、それまでは滞在させて貰うが構わぬな?」


 流石はセラスだ、こう言っておけばまた後で何か必要になった時に交渉をうまく運びやすくなる。


 流石は魔王の娘と言うべきか、僕は素直に感心してしまう。


「え、ええもちろん。こちらからもお願いします。 また先の兵士達が襲ってくるかも知れませんし」


 アミルさんは不安げに胸の前で拳を握りしめてお願いをしてくる。


「まぁ、あれだけ脅せば村を再び襲撃しようとは思わぬだろうが念の為だ、その時は引き受けよう。 しかしあの兵士たち、ミルドリユニアと名乗っていたが、何か心当たりはあるか?」


「ミルドリユニア、そんな……」


「知ってるんですか?」


「ええ、この国の正規軍です。 見たことは無かったですが」


「正規軍? なんで正規軍がこの村を襲撃するんですか?」


「それは……」


 ちらりと僕とセラスを見て怯えるような表情をするアミルさん。


 しかし首をかしげる僕たちをみると、意を決したのか一つ息を吐いた後。


「それはきっと、この村が200年前魔王を倒した勇者、ラクレス・ザ・ハーキュリー様を信仰している村だから、だと思います」


「「に、200年前!?」」


 絞り出されたようなアミルさんの言葉に、ほぼ同時に僕とセラスは声を上げたのであった。

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