第12話 初夜
「本当に良かったの? 馬小屋で一晩を明かすなんて言って」
村の恩人として、アミルさんは宿泊用の部屋を貸し出すと言ってくれたのだが、驚くことにセラスはそれを拒否し、僕たちはダークエルフの里にある、馬小屋の一室を借りて一夜を明かすことになった。
ベッドも毛布もなければ、明かりも手に持った消えかかったランタン一つのみで薄暗い。
懐かしき馬小屋の光景に僕は冒険を始めたばかりのころ、馬の嘶きで寝不足に悩まされた過去を思い出す。
逃走ができないように、ほとんどの馬がミルドリユニア軍に殺されてしまったため、とても静か……という点では寝心地はよさそうだが。
初めて馬小屋で眠るセラスにとっては、そんな些細な寝心地の良さなどないに等しいだろう……。
だが。
「なんだ? 其方は嫌であったか? この襲撃で家を失ったものも多いからの……そ奴らを野宿させて自分達だけベッドに入るというのが、少しばかりはばかられただけなのだが」
そう、あっけからんと言い放つセラス。その言葉は本心のようで、僕は少しきょとんとしてしまう。
「いや、僕も同じことは考えたよ……でも」
「魔王である妾が、馬小屋で寝泊まりするのを嫌がると思ったのか?」
「魔王というより女の子だし。 なんだかイメージが合わないし……服も汚れちゃうし」
「案ずるなラクレス、その程度で妾の美しさが揺らぐことはないからの。 それに妾は忌み子だったからな、話した通り一時期は父上に石牢につながれて過ごしてきた。高貴……などとは縁遠い女よ。ゆえに其方と共にいられれば文句などあろうものか……いや、やはり石牢はいやだが」
そう話すセラスは、妖艶な笑みを浮かべてクスリと笑う。
「……そ、そっか」
割と壮絶な過去を話された僕であったが、セラスは何でもないといったように手馴れた様子で藁を馬小屋に敷くと。
「それよりもだ、随分と近くに転移してしまったこと……そちらのほうが妾にとっては問題よ」
不機嫌そうにそんな文句を漏らしながら、藁の上に横になる。
「そうなの? ある意味とても遠くに来ちゃったみたいだしいいんじゃないかな?」
リアナを馬小屋の壁に立てかけながら僕はそういうと、セラスはこちらを睨んでほほを膨らませる……。
どうやらよくはなさそうだ。
アミルさんによれば、ここは僕が魔王を倒してから200年後の世界であり。
僕は勇者の剣を将軍たちから盗み出した大泥棒として伝えられているらしい。
しかし、この村のように正しく歴史を紡ぐ人たちも中にはいるらしく、そういった人たちは僕を信仰の対象としているのだとか。
ちなみにミルドリユニアというのは、ゼラスティリア王国が隣国を吸収してできた国らしく、アミルさんに地図を見せてもらった所、距離で考えれば村三つ分程度しか移動をしていなかった。
「確かに人間五十年……ほとんどの人間が其方のことを知らぬゆえ、平穏という意味ではよいかもしれぬが……妾としては世界の反対側ぐらいには飛んでいてほしかった」
「なんで?」
「新婚旅行ぉ!!」
ふてくされるのを隠すことなく、セラスはさらにほほを大きく膨らませると、横になったままアミルさんに借りたランタンをカチャカチャと振る……なんだかラッコみたいだ。
セラスが降っているのは炎を使わない魔道鉱石が入ったランタン。
振動を感知すると鉱石の中にある魔力が反応し、熱の発生しない光を発する代物なのだが、魔力が切れているのかどうにも明かりが弱い。
「随分と古いものみたいだね。アミルさんが言っていた通り、人との交流はほとんどないみたいだ」
「むぅ、薄暗くては其方の顔がよく見えぬではないか、何とかならぬかラクレス」
つけることはあきらめたのか、セラスはランタンを草藁の上に置くと、今度は僕に悪態をつく。
少なくとも、セラスの美貌が薄れるほどは暗くはないと僕は思っているのだが、まぁ方法がないわけでもなく。
「はいはい、リアナお願い」
僕は勇者の剣、リアナにそうお願いをすると、壁に立てかけていたリアナは頷くように身を揺らすと、その鞘を煌々と輝かせ、まるで昼間のような明るさで馬小屋を照らす。
「……便利な物よな……本当に剣かこれ?」
セラスは輝き始めた勇者の剣が珍しかったのか不思議そうな表情で体を起こして鞘を指でつつくと。
「!!」
リアナはくすぐったそうに飛び上がる。
「う!? 動いたぞラクレス!」
初めての人ならば当然の反応だが僕は首を傾げる。
「あれ? 勇者の剣を抜くように言っておいて、セラス、君彼女のことを知らなかったのかい?」
「わ、妾は其方が剣を抜く未来を一瞬視ただけだ、詳しい効果など知るわけなかろう」
「あー……なるほどね」
なるほど、と僕は口にした。
しかしそれはセラスの言葉に共感したからではなく、なんとなくだがセラスの未来視の種類が特定できたからだ。
未来視といっても、その種類は多種多様だ。
未来の出来事を俯瞰した風景から覗く未来視もあれば、自分の未来の記憶が流れ込んでくる未来視……中には望んだ未来を得るためには、どうすればよいかを映像で映してくれる未来視なんてものもある。
変わったものの中にはその時の状況やその場にいるものすべての思考を小説のように読むことができるタイプの未来視なんてものもあるが……未来視というスキル自体は実はそこまで珍しいものでもなかったりする。
一世代にはだいたいどこかの国に一人はいる……確かに稀有ではあるが、伝説上の代物……というわけでもない。
もちろん、それぞれにメリットデメリトがあるし、その未来が本当に訪れるか外れるかもタイプによって差がある。
一概には言えないものの、一般的には情報量が多ければ多いほど、その未来が訪れる確率は高くなっていく……というのが通説だ。
今回、村の滅亡をセラスは見たが、その未来は訪れなかった。
そして、魔王がセラスを殺して未来を覆そうとしたこと……そう考えると、セラスの未来視は、未来の情景を一枚の絵のように切り取って映し出すものなのだろう。
それが実現するかも不確かであいまい……それ故に危険度の高い瞳であるが、しかしうまく活用すれば自分の決断で未来を変えることもできる……彼女の瞳はそんなあやふやな未来を移す映写機といったところか。
「珍妙なやつよな……おぬし生きておるのか? 名はリアナといったか?」
セラスの未来視についてそんなことを考えていると、セラスはリアナの鞘をなでたり刀身を手に持った布で磨いてちゃっかり手入れを始めており、いやなことがあると暴れたり魔法を放ったりして抵抗するリアナが、まるで借りてきた猫のようにおとなしくセラスに手入れをされている。
「どうやら、ずいぶんとセラスに懐いたみたいだね」
「むぅ? そうなのか……お主、魔王になど懐いて、勇者の剣がそれでよいのか?」
セラスは冗談めかして微笑み、手入れを終えたのかリアナをまた元にあった場所に立てかけると再度横になって、ぱふぱふと藁を叩く。
「ラクレスよ、其方も早く横にならぬか。 毒も怪我も完治はしたが油断は禁物だ……見張りなどさせぬからな。するようなら妾が起きておる」
すっかり意気投合したのか、セラスに援護弾を送るように、リアナまでもが浮き上がってこくこくと頷いている。
「はいはい……わかりましたよお姫様」
呆れるように苦笑を漏らして僕は藁の上に横になる。
懐かしき藁の匂いと感触は、過去の記憶よりも暖かく寝心地が良く感じられる。
と。
「……ふふっ……どうだラクレス。夫婦となって初めての夜だが」
ふいに横になったセラスは僕に顔を近づけると、誘惑するように微笑んだ。
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