第46話 エミリア異体

 落下をし、リヴァイアサンに近づくほど感じる生臭い匂いに、むせ返るほどに濃い魔力の感触。

 空気はゼリー状のように粘っこく肌にまとわりつき、僕は顔を歪めながらリアナを引き抜き、膨れ上がる肉塊に刃を通そうとするが。


「!!」


 そんな僕を近づけまいと、肉塊は触手のようなものを伸ばして僕を迎撃しようとする。


「ちっ……鬱陶しい!」


 たかが触手と言えど、巨大な肉塊から伸びるそれは大樹の幹のようであり、リアナで一つ一つ丁寧に切り裂いてみるが、際限なく触手は僕へと走る。

 

 セラスの言う通り、見れば膨れ上がる肉腫だけではなく切り取られたはずの半身でさえもアメーバ状に溶け出し僕を迎撃するために触手を伸ばし始めている。

 


「なるほどね、蛇っていうよりかは巨大なスライムみたいな感じなんだな……これ」


 僕は感心しながらそんなことを呟き、二本目の触手を両断する。


 しかし、両断をしても両断をしても、その両断した部分は触手を伸ばし。

 また僕へと絡みつこうと迫ってくる。

 

 キリがないというのはまさにこのことであり、僕は呆れながらも三本目・四本目と触手を切り取り、あるいはリアナの魔法で焼き払う。

 

「こりゃ……これだけの中から棺を探すのは一苦労だね……」


 ねっとりと刃にこびりついた触手に不快感を示すように、僕の言葉にリアナは身震いをする。

 

 この分であれば確かに時間をかければ棺にたどり着くだろうが。

 その反面当分はリアナはご機嫌斜めになることだろう。


 へそを曲げると意外と機嫌が直るのに時間がかかる気難しいリアナ。

 

 それゆえに早く棺が出てこないものかと祈りながら僕は10本目の触手を切り落とすと。


「しゃああああああああああああああ!!」


 人の形をした何かが、巨大な槍を以て僕へと落下してくる。


「あれは?」


 どこかで見たことのある様な容姿のそれは全身を血で染め上げながら、明確な殺意をもって肉塊の中から飛び出し僕へと槍の一撃を突き立てる。


 その一閃は不格好でありながらも鋭く、体をひねって躱すもはらりと髪の毛が数本槍の矛先により切り取られる。


 その槍を見間違うはずもない。


 神々しく、それでいて猛々しい白銀の槍。


 ヒヒイロカネにより作り出された、神より与えられた魔を打ち払う戦女神の勝利の槍。


「パラスアテナイエ、それに……その構えは‼︎」


 懐かしきその姿に僕は見惚れ、同時にその姿に息をのむ。


 肉体こそ醜い肉塊……ボロボロに膨れ上がった男の体であるが。

 

 その構え……そして気迫は間違いなくエミリアの物であると告げており。

 リアナも呼応をするように、刃に雷を纏い始める。

 

【だ、だいじゅうに゛っがいいっまほう! あ、ああ、ああぁ……アイロン……メイデンンンン!】


 叫びと同時に、セラスが用意してくれた足場を包み込むようにアメーバ状の体が全方向から迫る津波のように僕へと押し寄せてくる。


 つぼみが閉じるように迫るその表面には、びっしりと殺意を以て作られた牙が無数に伸びており、僕を飲み込まんとエミリアの命令を待っている。


 いつ、リヴァイアサンがこんな巨大な口だけの化け物になったのだろうか。



 それは間違いなく僕が触手に気を取られている最中であり。

 

 間抜けなことに僕はここにきて初めて自分が罠にかけられたことを理解する。

 

 魔法に対する知識はケイロンすら唸るほどだった彼女。


 生まれつき多くの魔力を扱うことができない体質であったものの、その魔法の知識と類稀なる地力で、軍師として魔王軍との戦いで兵を率いて多くの戦場で勝利を収めてきた。


 もし彼女が……無尽蔵ともいえる魔力を扱えたとしたら。

 きっと僕の存在を予言する必要もなく、魔王軍との戦いは終結していただろう。


 今僕は、そんな万全の状態のエミリアと戦っているのだ。 

 

 魔王に準ずる力を持つリヴァイアサン……そしてそれを封印したエミリアの頭脳に、神から与えられた勝利の槍【パラスアテナイエ】


 計略通り僕は彼女の作った罠にまんまと引っかかり、完全に彼女のテリトリーで戦うことになっている。


 間違いなく、この状況は絶望と呼ばれるものだろう。


 だが。


「ふふ……面白くなってきたね」


 魔王よりも強大な存在が現れたことに、どこかで喜んでいる自分がいるのであった。

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