第42話 キホーテの動向

「かー……しけてやがんなぁ」


 ふてくされながらタクリボーはそう叫び、道端の石ころを蹴飛ばす。

 タクリボーの怒りを代弁するかのように転がった石ころは赤く染まった水路へと走り、ポチャリと虚しい音を響かせるも、当然のことながら何かが変わる様子はない。


「しけてるって……情報はしっかり手に入ったからいいじゃないか」


 そんなタクリボーに僕は疑問を抱くが、タクリボーはそっちじゃねえよと歯をむき出して威嚇をするような表情をする。


「ヴェルネセチラの色街といやぁ、水の都すらも霞むほどの嬢がそろった男の桃源郷だぜ? だってのに湖が赤く染まって客足が途絶えたせいで、嬢たちはみんなよその町に出張だって言うじゃねえか。 右を見ても左を見てもジャガイモみてえな顔した野郎しかいやがらねえ……芋ほりに来たわけじゃねえんだぞこっちは!?」


「……妻子持ちのくせに何言ってんだよタクリボー」


 怒りを爆発させるタクリボーに僕は辛らつな目を向けてそう呟くが、タクリボーは悪態をつくように鼻を鳴らして僕を睨み返してくる。


「いい子ちゃんぶってんじゃねえよ、お前だって本当は楽しみだったくせに。 このむっつりすけべめ!」


「むっつりすけべって……」


 八つ当たりに近い言葉に僕は面倒くさいので返事を返さずに別の話題を振ることにした。


「しかし、キホーテの動向は面白いように分かったけど。特にリヴァイアサンにつながるような証言は得られなかったね」


「まぁなぁ、女がいないことに腹立てて店半壊にしたり、かと思ったら酔っぱらって町に金貨ばらまいたりと、そんな面白いことばっかりしてたら少し位怪しい奴がいたとしてもそりゃ誰も気がつかないのも無理はねえよ」


キホーテのあの傍若無人な振る舞いは何も僕たちだけに向けられたものではないらしく、行く先々でキホーテの悪行をこれでもかというほど聞かされた。


だがそのせいかそれ以外の情報はほとんど入ってこなかったのだ。


「こうなるとキホーテ本人を直接捕まえて話を聞くしかなさそうだけど……こういう時に限って捕まらないんだよねぇ」


 宿泊施設や冒険者ギルドにも問い合わせたのだが、キホーテは昨日は宿にもギルドにも戻っていないとのことであり、消息が昨日からとんと途絶えてしまっているのだとか。


 一瞬セラスの魔法で死んでしまったのではないかと不安を僕は覚えたが、全身水浸しで町を歩くキホーテの目撃情報が複数あったため、その不安はすぐに解消された。


「どうでもいいときには騒がしいくせに、こういう時に限っていねえんだからなぁ」

 

 タクリボーはそうため息を漏らして呟き、僕もその言葉にあははと苦笑を漏らす。

 

「まぁ、セラスにやられて少しは落ち込んでるんじゃないのかな? 一応この世界ではすごい人だったみたいだし? 自信を無くしてどこかに引きこもっちゃってるとか?」


「あいつがそんなタマかってんだよ、落ち込む暇があったらあの手この手であの嬢ちゃんに嫌がらせをするにきまってら」


「まさか、そんな昨日の今日で……」


 襲ってくるわけがない……そう言おうとした瞬間。


「―――――!」


 巨大な怪物の咆哮が町全体を覆いつくすかのように響き渡る。


 もはや音ではなく、暴風に近い空気の振動。


 その轟音のする方向に思わず視線を向けると、そこには災厄がたたずんでいる。


「お、おい……」


 蛇のような体に、太陽すらも覆いつくすほどの巨大さ。

 体は青く、その瞳は宝石のように黄金色に輝くその怪物は名を訪ねる必要がないほど他と隔絶された異様さと神々しさすら感じられる。


 もはやそれが何かを、誰かに問う必要もないだろう。


 水龍・リヴァイアサンがヴェルネセチラに現れたのだ。


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