第41話 魔王は襲撃される

「あぁ……だらしのない女だと幻滅されてしまっただろうか?」


 昨日の行いを思い出して悶絶をしていたセラスは、ラクレスが出ていったことを確認するともそもそと布団から這い出てくる。

 

 夫を喜ばせるためとはいえ、一緒にお風呂に入るという行為はセラスにとっては大変勇気のいる行動、その恥ずかしさを酒の力で誤魔化そうとしたのが此度の大失敗の原因でもあった。


 そんな反省をしながら、セラスは昨日の出来事を思い出して耳を真っ赤にする。


「セラス様、顔真っ赤」


「ひゃう!? めめめ、メルティナ?」


 不意にかけられた声に、飛び上がって驚くセラス。

 視線の先には心配そうにセラスを眺めるメルティナの姿があった。


「……具合が悪いのですか?」


 体調を心配するメルティナ。

 その姿にセラスは、娘(仮)にいらない心配をかけさせてしまったことを再度反省して、メルティナを抱き上げる。


「そんなことはないぞメルティナ……この通り元気一杯だ。 ふふっ寝坊助な母ですまない、お腹が空いたであろう? 朝ごはんにしようか」


「はい!」


 安心したのか、メルティナに笑顔が戻り、セラスもそれにつられるように満面の笑みになる。


 だが、そんな幸せを引き裂くようにセラスの脳裏に一枚のイメージが差し込まれる。


「……メルティナ、すこし目をつぶって耳を抑えよ」


「え? は、はい」


「いい子だ」


 セラスの言いつけを素直に聞くメルティナに、セラスは満足げにほほえむと、宿の入り口に向けて防護結界を展開する。


【……だ、だ、第五、階位魔法・火柱ぁ】


 聞き覚えのある醜悪な声に、悪辣さを混ぜ込んだ声が扉の奥から響き、同時に未来視で見た光景と同じように炎がセラスとメルティナに向かって飛び込んでくる。


 目と耳を塞いでいたメルティナは、その光景を見ることはなかったが、何かが起こったのは分かったのか、びくりと体を震わせた。


「……子連れの人妻に対して、随分と激しいアプローチよな。 女性の口説き方一つ知らぬとは、お里が知れるぞ?」


 セラスとメルティナの背後以外めちゃくちゃに焼けこげた部屋でセラスは退屈気にそう漏らすと、煙の中で人影が揺れ。


「ああああああああああぁ!」

  

 絶叫と同時にその人影はセラスに対し切りかかる。


「ひっ」

 

 声を上げたのはメルティナ……目と耳を塞いでいても伝わる憎悪とその不快な叫びに、セラスは一つ眉を顰めると。


「娘を怖がらせるでない」


 振り下ろされた剣を半身でかわし、隙だらけの腹部に回し蹴りを叩き込む。


「ごぎゃあぁ!?」


 魔物のような悲鳴を上げながら、再度部屋の外へと弾き飛ばされる男。

 ぷちんとなにかが引きちぎれるような音が響き、壁に叩きつけられた男は上と下から鮮血をまき散らす。

 

「む? この男……」


 ずるりと垂れ下がった体……血を吹き出しながらもだえ苦しむその男をよく見るセラスはふと気が付く。

 

 体はつぶれ、顔中に水膨れのようなものが出来ているが、よく見ればその男はキホーテであった。


「……一日で随分な変わりようよな……手心は加えたつもりだが」


「があぁ」


 魔物のようによだれを垂らす男はまさに魔物に近く、セラスはそんなキホーテの異常性にメルティナを背後に隠す。


「……ふむ。 貴様もしや、封印を解くのではなく、その身に取り込んだのか?」


「があああああ!」


 セラスの問いかけに応える代わりにキホーテは咆哮を上げ、同時に魔力を練り上げる。


 展開される魔法陣は第七階位魔法。


 返事こそないが、キホーテの扱えぬ領域の魔法を展開したことに、セラスは自らの推測が正しいことを確信する。


「……どうやら意識まで飲み込まれてしまったようだの……匂いだけで妾を見つけるとはその執念だけは買うが、喧嘩を売る相手を間違えておるぞ……雑種が」


【だ、だ、だ第七階位魔法……水龍召喚サモンウオータードラゴン】


「遅い」


 放たれようとする第七階位魔法……限界を超えた魔法の行使にキホーテの体は膨れ上がるように巨大な肉腫が首元から現れるが、その姿に動じることもなくセラスは更に膨大な魔力でキホーテの魔法を上書きする。


【第八階位……煉獄鎖ゲヘナズチェーン】


 放たれた水の龍は、セラスを食いちぎろうと牙をむくが、セラスから放たれた黒色の鎖は、瞬く間に水の龍を縛り上げる。


「!?」


 驚いたようにたじろぐキホーテは、すぐさま魔力を込めて作り上げた水龍を暴れさせるが。


「無駄だ……貴様も知っているだろう? 階位とは魔法の優位性、神秘の度合いを数値化した物……階位が上の神秘を前には、低い階位の神秘は上書きされる。つまりはもう、この水龍は妾の物よ」


「がっああああああ、がえ……せ、がえ……せ!?」


「ふむ、意識が飲まれかかってもその強欲な部分だけは表層に残っておるか。 まぁ、望みとあらば妾にはいらぬからな……ほれ、返すぞ」


 ぱちりとセラスは指を鳴らすと、どうじに闇の鎖は水龍の向きを変えさせ。


「がっ!?」


 そのままキホーテへと水龍を突進させる。


「……貴様のペットだ、弁償は貴様がするのだぞ?」


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」


 ホテルの壁を食い破り、水龍はキホーテを飲み込んで天高く舞い上がり、しばらくして地面に叩きつけられる音が外から響く。

 

「……さて……と、あとはあの死体から棺を分離させて万事解決か。 探しにいったラクレスには悪いが……まぁ怪我の光明という奴よな。 おぉメルティナ……怖かったのぉ、もう大丈夫だよ」


 セラスの言いつけを守り、目を閉じて震えるメルティナ。

 セラスはそんな少女の頭を優しくなでると、抱きしめようと体をかがませると……。


【第十階位魔法……噛撃】


ごずり……という音が響き、セラスの頭を掠めるようにして、怪物の顎が建物ごと抉り取る。


「……これは……少し時間がかかりそうよな」

 

セラスの頬にひとつ、汗が伝った。

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