第16話 暗雲

 それから三日が過ぎた。


 村はある程度復興し、壊れた建物はまだ傷跡を残す部分が多いものの人々は痛みを忘れるかのように祭りの準備を進めている。


「活気が戻ってきたねぇ」


「そうだな。うむ、いいことだ」


 アミルさん曰く勇者が魔王を討伐して今日は二百年の節目ということであり、復興よりも先に祭りを優先したのだとか。


 村の人たちの表情を見ると誰もが嬉しそうに祭りの準備を進めており。


 僕の感覚ではつい昨日まで恐れられ忌み嫌われていたはずなのに、こうして神様としてあがめられているところを見るとなんとも言えない気分となる。


「ラクレス様! セラス様!」


 そうして祭りの準備を眺めていると、両手に食べ物を持ったメルティナがこちらに向かって走ってくる。 

 

 助けてからというもの随分と気に入られてしまったらしく、メルティナは毎日僕たちの寝床に潜り込んでくるようになり昼間は昼間でセラスにべったり状態。


 アミルさんの話によると、彼女は昔赤ん坊のころに村の前に捨てられていた捨て子であるらしく、アミルさんが親代わりに育てていたのだとか。

 

 セラスに母親の面影を重ねているのか……まるで本当の親子のように抱き着いて甘えている。


 助けたのは僕なのにと、少し妬けてしまうところもあるのはあるのだが。


「よーしよしよし、いい子だなメルティナ。 だが食べ物を持ったまま走るのは良くないぞ?」


「はーい!」


 セラスもメルティナに対して母性を爆発させているため、何も言えないのである。


「ラクレス様―!」


「おっとっと……元気だねメルティナ」


「えへへー」


 セラスの次は、僕に飛びついてくるメルティナ。

 べったりなのはセラスだが、当然僕にも好意を寄せてくれるため悪い気はしない。


 優しく頭をなでてあげるとメルティナは嬉しそうにはにかむ。


 昔は子供どころか大人も近づいてくることすらしなかったため、セラスほどではないが純粋に向けられる好意に全力でメルティナを甘やかしてしまう。


「メルティナ! あまりラクレス様たちを困らせてはいけませんよ!」


「あ、おねーちもゃん」


 そうしていると、アミルさんが広場の方からやってきてメルティナを注意する。


「申し訳ございませんラクレス様、この子目を覚ますとすぐに抜け出して」


 申し訳なさそうに頭を下げるアミルだが、僕とセラスは笑って首を横に振る。


「気にしないでください。 あんな怖いことがあったんです、彼女なりにこうして克服しようとしているんですよ」


「しかし……」


「気にするなというておろうに。妾もラクレスもただメルティナと楽しく過ごしているだけよ。邪魔をする方こそ無粋であるというものだぞ?」


「……セラス様がそうおっしゃるならば。ですが、ご迷惑をおかけしたらすぐにおっしゃってくださいね、姉としてげんこつをしますので」


 げんこつという言葉に、メルティナは一瞬青ざめてセラスの背後に隠れる。


 普段のメルティナとアミルさんのやり取りが目に浮かぶようで、仲の良い姉妹の姿についつい口元がほころんでしまう。


「ところで、祭りの準備は順調ですか?」


「えぇ、本来ならばもっと早く準備が整うのですが。人手も時間も足りず、いつもよりも質素なものになってしまうかもしれません。ですが村のみんなはとても活気にあふれてます。ラクレス様のおかげです」


「僕は何もしてないけど」


「いえ、魔王が倒されて200年の節目に、勇者様と同じ名前の方が村を救ってくださったのです。偶然ではあるのでしょうが……私も奇跡を信じられずにはいられません」


 天に祈りをささげるアミルさん。


 これが僕にささげられているのだと考えると恥ずかしい。


「ともあれ、活気が戻って何より。祭りは妾も楽しみにしておるぞ」


「申し訳ございません、取引の件もまだ話が進んでいないというのに」


「なぁに、慌てる乞食は貰いが少ないというものよ。取引などいつでもできる故な、祭りの後にゆるりとすればよい。また奴らが来るようならば妾とラクレスが蹴散らす故、そなたらは何も心配せずに祭りの準備を進めるといいぞ」


 にこにこと笑いながらそういうセラス。


 長きにわたる幽閉生活のせいで彼女はお祭りというものを知らないらしく、ひそかにこのお祭りを心待ちにしている。


 取引内容が決まっていないというのもあるが、すでに三日もこの村に滞在をしているのはひとえにそれが所以だ。


「ええ、セラス様とラクレス様の為にも最高のお祭りにして見せます!」


 意気込むアミルさん。その表情はとても穏やかで、三日前の怯えた表情からすればまるで別人のようだ。


 僕の存在が、こうして二百年もの間誰か笑顔にしていたのだと考えると。 


 なんだか僕の方が救われたような気持になってしまう。 


 僕の頑張りも無駄ではなかったのだ。


「では妾たちは準備の邪魔になるからの、近くを散歩でもしてこようか。ここの森は森林浴にはもってこいで、そなたの傷をいやすのにも……」


 ふと。


 楽し気に笑っていたセラスの言葉が途切れ、目の色が琥珀色に変る。


 この村が襲われるという予言をしたときと同じ反応に、僕は嫌な予感が胸中に走る。

 険しい表情を見せるセラスに、僕は何を見たのか問おうとすると。


「ちぃ……このポンコツめ、相も変わらず遅すぎるわ」


 其れよりも早く苛立たし気に自分の能力にセラスは悪態をつく。

 敵襲であることはまず間違いないようである。


「セラス……敵はどれぐらいか視えた?」


「一瞬だったが、千はいるだろうな。 この前に来た兵士と、黒い鎧の兵士たちがこちらに向かっておる……御大層に遠征のつもりか、趣味の悪い模様の旗を振っておるわ」


「模様の入った旗? もしかしてその模様……大きな盾と蛇が描かれてはいませんか?」


「そうだが……」


「まさか……そんな……」


 恐る恐る問いかけてきたアミルさんの顔から血の気が引く。


 セラスの後ろに隠れていたメルティナでさえも、カタカタと震えながら今にも泣きだしてしまいそうな表情を見せていた。


「いったい何者だ?」


 セラスはそんな尋常ではない様子に努めて落ち着いた様子で問いかけると。


 アミルさんはうまくしゃべれないのか二度三度嗚咽を漏らした後。


「へ、蛇と盾はこの辺り一帯を治める領主……200年前魔王を倒し不死になったと言われている四将軍の一人、【拷問卿】お、大楯のエルドラド様の紋章です」


 絞り出すように、かつての仲間の名前を出したのだった。


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