第17話 夫婦は裏切り者と対峙する

「大楯のエルドラド? それに、不死って……」


 アミルさんの言葉と同時に、裏切られたあの日の彼の姿。

 ……王城の中で笑うエルドラドの姿が脳裏をよぎり、僕は目眩がする。


 アミルさんの言う通りここが200年後の未来であるなら、なぜエルドラドなんて名前が出てくるのか。


 人々を守り、高潔な騎士であった彼が、何故拷問卿だなどと呼ばれているの


 そして何より……どうして魔王を倒した英雄である彼が、悠久の魔王が持っていた不死の力を有しているのか。


 僕がいなくなった後……一体何があったんだ。


 分からないことだらけの状況に僕は混乱をしていると。


「一瞬の映像であったが、この村を先日逃した野盗が何人か兵士の列に加わっておるのが見えた……どうやらあ奴ら、ただの野盗ではなかったようだ」


 そんな中、狼狽える僕とは対照的にセラスは冷静に状況を分析すると、側で聞いていたアミルさんは顔を青ざめさせて口元を覆う。


「ま、まさか……まさか噂は本当だったっていうの?」


「噂?」


「こ、この地の領主であるエルドラド様が……秘密裏に亜人族狩りを行なっているという噂です。 野盗が増えて襲われる村が多かったからできたただの噂話だと思っていたのに……」



「なるほど、先日の野盗がそれだったということか」


「でも、なんのためにそんなことをするのさ……」


「あ、亜人族の中には我々と同じように勇者様を信奉する者が多く存在します。エルドラド様はその事を快く思っていなかったようなので……ですが、亜人族もこの地域は数が多いので……もしかしたらその、えっと……」


 うまく言葉にできないのか口籠るようにアミルは困った表情を見せるが、セラスは「なるほどの」と一つ呟く。


「亜人族の勇者信仰は目障りであるが、領主として処断すれば反感に加えて亜人族の中で結束が産まれるかもしれぬと恐れたか……だからこそ、野盗に襲われた不幸な事故に見せかけて結束が産まれないようにしたと。裏切り者が考えそうな姑息な手よ」


 セラスは隠すつもりもないと言った様子で不機嫌そうに鼻を鳴らし、僕はようやく状況を理解する。


「じゃあ今回の進軍は?」


「おおよそ、兵士を蹴散らされて慌てて正規軍を動かしたのだろうの。反乱の目は早めに摘み取るに限るし、遺体から領主の仕業だとバレれば、それこそ亜人族の結束を産み出しかねんからの」


「そんな……」


 アミルさんはセラスの言葉に絶句する。


 当然の反応だ……勇者を信仰するのが目障りだから……そんな身勝手な理由でこの村の人達は命を落としたのだ。


 そんな理不尽を許せるはずがなく、涙を流しそうになるアミルさんと、そんなアミルさんを不安そうな表情で見つめるメルティナの姿に僕は思わず拳を握り締める。


「……セラス。この村を守ろう。こんな理不尽、許しちゃダメだ」


 もし、こんな理不尽を本当にエルドラドが行なっているのなら。


 僕には勇者としてそれを止める義務がある。


「無論だ。お主を裏切った愚か者に、これ以上好きにさせてなるものか」


 僕の言葉にセラスは頷いて立ち上がり、怒りを露わにするように膨大な魔力を練り上げる。


 頼もしい限りだ。


「うん……じゃあ行こう」


「あぁ、行こう」




 ◆


 その後すぐに村人たちの避難はアミルさんに任せ、僕たちは大軍のもとへと向かった。


 セラスの未来視の通り、僕たちが最初に降り立った平原の向こうに黒い塊のような大軍が押し寄せてくるのが見えた。


 セラスのいう通り、到着まであと数時間と言ったところだろう。


「セラス。エルドラドと対峙したら、少し話をしたいんだけど……いいかな?」


 大軍の到着を待ちながら、僕は隣のセラスにそうお願いをすると、セラスは訝しげな表情を見せた。


「構わぬが……何を話すのだ?」


「なんだろう、殺されかけておいてなんだけど……まだ信じられなくて。誰よりも高潔な騎士だったエルドラドがどうして裏切ったのか、そしてどうしてエルフ狩りなんて事をしているのか。本人の口から聞いてみたいんだ、何があったのかをね」


「人の心など簡単に変わるもの……それが200年も時間が経ったというなら尚更であろう。恐らく、お主の納得できるような答えは返ってこんと思うぞ?」


「覚悟してるよ……でも、そうだとしてもエルドラドの口から聞いてみたいんだ」


「はぁ、視たわけではないが……碌な未来が待っておらぬぞきっと」


「うん……わかってる」


 僕の言葉にセラスは心配そうな表情を見せるも、それ以上は何も言わずに二人でエルドラド将軍の率いる兵士たちを見る。


 大楯のエルドラド。

 常に魔王軍との戦いでは最前線に立ち王の盾として数多くの仲間を守った英雄である。

 勇者になりたての時からの知り合いで、本格的に魔王討伐の旅に出るまでは二人で戦争に参加したりもした。


 悪い奴ではないのだが、少し粗暴で女癖と酒癖が悪く町の女の子に手を出しては赤い手形をほほにつけて帰ってくるのは日常茶飯事。

 朝帰りをした後にケイロンとエミリアにお説教をされている姿は今も鮮明に覚えている。


 正義感にあふれ、弱者の盾として戦場に立つ彼に憧れていた。

 だから今でも、あの時エルドラドが僕を裏切ったことがにわかには信じられない。


 何か理由があったのだろうか……もうあのころには戻れないのか……。


 それとも彼は最初から僕を仲間だとすら思っていなかったのか。


 その答えが知りたくて、僕はセラスと共に村から避難をするのではなく大軍と相対することに決めた。


 みんなに裏切られた日、傷は治ったはずなのにエルドラドに剣を突き立てられた左胸がずきりと痛む。


 遠くに見える千の軍勢が近づくにつれて胸の痛みは強くなっていき、思わず僕は痛む胸を押さえると。


 反対側の手をセラスは何も言わずに握ってくれた。


                         ■






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