第24話 新たな旅
ダークエルフの村を出た僕たちは、メルティナに案内をされながら草原を抜けて馬車が一台通れるかどうかの舗装すらされていない小さな道にたどり着く。
辺境という言葉に嘘はなかったようで、地図を見てもこの辺りにある道はこれ一つ。
しかも、朝早く出発をしたというのにもう太陽はてっぺんまで上ってしまっている。
道は申し訳程度に魔物除けの灯篭はあるが、もう何年も誰も手入れをしていないのだろう。
石はぼろぼろで苔むしており、久しぶりの客人に驚いたのか触れてみるとその身が崩れ落ちてしまう。
そんな誰も通る気配のない忘れられた道。
しかしながら旅を楽しむにはぴったりな状況に僕たちの心は自然と弾んでいた。
見晴らしもいいしお腹もすいたから御昼にしようと言い出したのはセラスであり。
ぐぅとお腹を鳴らしたのはメルティナだった。
そんなこんなでちょうどいいので、現在僕たちは軽食をとりながら、次の目的地について相談をしている最中である。
「ふむ、この辺りで一番近い都市となると……エルドラドの奴が治めていたアナスターシャになるが……四肢をもがれた兵士たちをみな転移魔法で飛ばしたゆえ、今頃は大混乱だからやめた方がよいだろうな」
「……うわぁ、えげつない」
地図を広げながら、僕は先日のエルドラドの部下のことを思い出し思わず声を漏らす。
エルドラドの命令で動いていただけの兵士たちは、当然だが戦意も消え失せていたようなので、近くにある町の座標を聞き出したあと、セラスの転移魔法でまとめて送り返したのだった。
その時は何も感じていなかったが……今思い返せば、突如として町に四肢をもがれた兵士たちがあらわれるのだ。
その場に居合わせていたら僕だって悲鳴の一つや二つはあげてしまうだろう。
「えげつないとか言わないの! 見てくれは確かに悪いが、最短時間で町まで帰れたのだ。今頃は全員腕と足がつながって歩けるようになってるはずだぞ……妾のおかげ!」
僕の言葉に気分を害したのか、セラスはぷんすこと怒りながらそう主張をする。
「確かにそれはその通りだね……ありがとうセラス」
「ふふん、わかればよい」
「転移魔法? 転移魔法って何ですかセラス様」
僕たちの会話に入ってこれないことが詰まらなかったのか、それとも純粋な好奇心か。
メルティナはそう僕たちの会話に入ってきて質問をしてくると、セラスは嬉しそうに瞳をかがやかせる。
「メルティナは魔法に興味があるのか? 良いぞ良いぞ、どんな魔法を教えようか。重力を操り敵をぺしゃんこにするか? それとも魔界より魔獣を召喚するか?」
子供になんという魔法を教えようとしているのか……と思った僕は止めようかと悩むが、セラスの真剣な表情はきっとこれからの長旅を考慮してメルティナにも最低限の護身術を教えようという魂胆なのだろうと気づく。
確かに無理やりに剣を持たせて武術を教えるよりも、興味を持ったことから護身につなげていく方が効率が良い。
身に着ける魔法は物騒かもしれないが、重力魔法も召喚魔法も応用が利き早い段階でマスターすれば幅広い運用ができる魔法だし、子供が使うには物騒すぎるというが、考えればメルティナもいつかは大人になる。
魔法は使いよう……物騒で危険な魔法だからこそ、早い段階から正しい使い方というのを身に着けさせることの重要性をセラスはわかっているからこそ、その二つをメルティナに提示したのだ。
僕はそんな彼女に感心し、やり取りを黙って見守る。
「んーと……私、勇者様みたいに雷とか炎とか操れるようになりたい!」
しかし親の心子知らず……そんな考えをつゆ知らず正直で残酷な返答がセラスを貫く音が聞こえる。
いやセラス、睨まれても僕のせいじゃないからね、そもそも勇者信仰の村で育ったならそうなるのはある程度見えてたじゃないですか。
「セラス様? どうしたんです?」
「いや、何でもない……そうか、雷と炎か。くぅ……闇ではだめなのか闇では」
落ち込むようにその場にうなだれるセラスに、ようやくメルティナも彼女がその二つの魔法が使えないことを察したのか、慌てふためく。
「あ、あわわ……ごめんなさいセラス様、私、私そんなつもりじゃ」
「よい、よいのだメルティナ……すべては妾の力不足ゆえだ……ふがいない妾を許してくれ」
「あ、あわわわわ、ラクレス様どうしようセラス様が……」
「どうしようって言われても……」
落ち込むセラスをどう励まそうか僕は考えるが……。
【ピーーーッピー――ッピーーーーッ】
遠くの方から、懐かしい笛の音が鳴り響く。
「な、なんだ? 魔物か?」
「安心してセラス、あれは魔物笛だよ。 200年たっても変わらないものは変わらないんだねぇ」
警戒するようにあたりを見回すセラスに、僕はそう言うと、メルティナとセラスは全く同じ角度に首をかしげる。
「魔物笛? 魔物笛って何ですかラクレス様?」
「魔物笛っていうのは、冒険者や行商人の間で連絡を取り合うために使われてる笛で、鳴らした回数で今の状況を伝えるんだ。 例えば、一回だけなら魔物と戦闘状態に入ったっていう意味だし、二回だと魔物討伐が終了したって言う具合にね」
僕の説明にセラスとメルティナは納得したようにほぉと頷く。
「……じゃあ、三回はどういう意味なのだ?」
「えーと三回は確か……あぁそうだ、救援求む……」
一瞬の沈黙の後。
「いってらっしゃい、ラクレス様」
手を振って送り出してくれるメルティナの言葉と、いそいそとリアナを手渡してくれるセラス。
そんな二人に送り出されて、僕は急いで音の方へと駆け出した。
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