第49話 王国軍大軍師ケイロン

 ごきりという何かが砕ける音が響き、同時に男の首がねじ切れんばかりの勢いでぐるんぐるんと回転をし、その場に倒れる。


「し……死んだのか?」


 あまりにもむごたらしい首の回転。

 その光景にセラスは恐る恐るラクレスにそう確認をとるが。

 

「いいや……狸寝入りは彼の十八番……この程度で死ぬなら、王国軍の大軍師なんかになっていないよ……そうだろ? ケイロン」


 その言葉に、死体はピクリと反応を示すと。


「はっははは……その語り口調に馬鹿力……本当によみがえったのですねぇ。 ラクレス・ザ・ハーキュリー。予言を聞いてもしやとは思いましたが……本当に200年の後にこの世界に再びその姿を見せるとは……魔王などよりも私はよっぽどあなたの方が恐ろしいですよ」


 そんな流暢にしゃべりながら死体は首をぐるぐると今度は反対に回転をさせてもとに戻る。


「……お互い様だろケイロン。 これだけの力で殴って死なない君の方がよっぽど化け物じゃないか。 一体命のストックを何回分ため込んだんだい?」


「くっくく、それが分かってて容赦なく殴り殺すあなたもあなたですよラクレス……今の一撃でこちらはストック400人分……ざっと10年ため込んだ魔力が一瞬にして溶けたんですよ? 蘇ったばかりだというのに力は微塵も衰えてないとは……いやはや本当にあなたは恐ろしいやはりあの時殺しておいて正解だった」


 悪態をつくように呟くケイロンはそう吐き捨て。

 その言葉にセラスは青筋を浮かべて魔法陣を展開する。


「貴様か……我が夫を貶めた匹夫は」


「おぉ怖い……まぁ確かに夫に毒を飲ませて殺し、卑しい盗人の汚名を着せた私を恨むのはもっともなことですが、しかしながら考えてもみてくださいよ。 勇者として一度魔王を滅ぼし英雄となった人間が今こうしてのうのうと魔王の娘と婚姻を結んでいる。 都合のいいときは人の味方に、女の色香に惑わされれば魔王の味方……こんな蝙蝠のようにどっちつかずの半端な人間が魔王を超える力を持っているなんて、想像しただけで身の毛がよだちます。 ええええ……私は彼の気まぐれに国が振り回される……なんておぞましい事態を避けるため、仕方なく彼を殺しただけです。後悔はしましたが、200年以上続くこの王政と発展こそが……彼を殺した渡した正しかった証明であると言えましょう」


 挑発をするように口元を緩めて語るケイロン。

 

 セラスを逆上させる目的で行われていることが見え見えなその発言であったが、セラスはそれが分かったうえでも自らの感情を抑えることは出来ずに声を荒げる。


「よくさえずった下郎めが……なればその判断が過ちであったことをその身に刻んでやろう!! 番外魔法!!」


 町全体を包み込むほどの魔力を解き放とうとするセラス。


 しかし、それを止めるかのようにラクレスは笑ってセラスの前に手をだした。


「……ストップ。僕の代わりに怒ってくれるのはうれしいけど、抑えてセラス」


「とめてくれるなラクレス! 妾は、妾はこの男になんとしてでもぎゃふんと言わせてやらねば腹の虫がおさまらぬ!」


「気持ちはわかるけど、それは彼の思うつぼだから抑えて抑えて……まったく、そうやって町を破壊させて僕たちをまた悪者にするつもりなんだろケイロン? 命のストックもそうだけど、君のその杖……番外魔法を含むすべての魔法を無効化するもんね」


「流石に覚えていましたか……共に戦場をかけたのは200年も前のことだというのに、よくもまぁ」


「まぁ、ね」


 自分にとってはついこの前のことだからね……という言葉をラクレスは飲み込み。

 鼻を鳴らすことのみで応える。


「やれやれ、挑発に乗って町の一つでもつぶして頂ければいろいろと利用のし甲斐があったというものですがつまらない」


「残念でした、その手には乗らないよ。 まぁ、この国を全て的に回すっていうのなら、僕はそれでも全然かまわないけれど」


 そういって拳を構えるラクレス。 その言葉に呼応するように、リアナは浮き上がり炎を巻き上げる。


「あなたが言うと洒落になりませんね……きっとあなたがその気になれば、王の首は三日ともちませんでしょうし」


「謙遜するなよ、二百年もあったんだ……僕が居なくても大丈夫なように大軍師様はちゃんと用意を進めてたんだろう?」


「腹立つ皮肉を言う様になりましたね……キホーテなどという阿呆が勇者候補の時点で分かってるでしょうに……いやらしい」


「お互い様だろうケイロン……それで、やるの? やらないの? リアナはあと五秒で切りかかるつもりみたいだけど」


 分かりやすい挑発を交えてラクレスはケイロンに問いかけると、ケイロンはため息を一つ漏らして。


「やりませんよ……私はね」


 そう言って胸元から小瓶のような物を取り出し、湖へと放り投げる。


「‼︎?貴様何を……‼︎」


 ケイロンの行動にセラスは魔法を唱えようとするが、それよりも早く勇者の剣はケイロンの喉元に切っ先を突き立てようと走るが。


 ケイロンはその攻撃を飛んで回避すると、不敵な笑みを浮かべる。


「あ〜あ。あわよくば魔王の娘を落として、あなただけなら高等魔法の初見殺しで圧殺ができるかも……なんて甘い策略を練ったりしてみましたが、種明かしもされてしまっては万が一にも勝ち目がありません……だからまぁ、リヴァイアサンを十体ほど複製してなんとかする事にしましょう」


 ニヤニヤと不敵に笑うケイロン……やがて赤く染まった湖から巨大な水柱が上がり……やがてその水柱は、十体を越える数のリヴァイアサンへと変貌を遂げた。


「馬鹿な……あれだけの魔法生物を、一瞬で……どこからそんな魔力が……」


 出鱈目な魔力の行使に、セラスは驚愕するように目を見開く。

 それも当然だ。


 現れたリヴァイアサンはそれぞれが皆、オリジナルと同じく魔王と同等の魔力を秘めているのだから。


「はははははは‼︎ かの魔物は強大ではありましたが生態さえ把握してしまえば私の力をもってすれば複製などこの通りですよ‼︎ えぇ、いかに勇者といえど、魔王と比肩するこの怪物を十体も同時に相手などできないでしょう‼︎ 何のために蘇ったのかは知りませんが、お前を地獄に送り返した後、そこの薄汚い魔王の娘も八つ裂きにしてやりますよ‼︎」


 高らかに笑うケイロン。


 だが。


「わかったよケイロン……僕とやるんだな?」


 セラスに向けられた敵意は、確実に勇者怪物の琴線に触れた。


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