第50話 勇者一閃
「わかったよケイロン……僕とやるんだな?」
怒りの表情を隠すことなく、ラクレスは自らの妻を侮辱したケイロンに向かい
勇者の怒りに呼応するかのごとくリアナはその刀身から炎のような光を放つ。
確実にケイロンは勇者の逆鱗に触れた。
だが、不幸だったのはケイロンがそのことに気づいてすらいなかったことだろう。
「ははっ、まぁせいぜい頑張って足掻くといいですよ」
にやつく表情は、ラクレスの甘さを知っているからか余裕があり。
その甘さを小ばかにしていることを隠す素振りもない。
だからこそ、その怒りが形になった時……ケイロンは本当の恐怖を知った。
「あんまり僕を舐めるなよケイロン。忘れてるなら思い出させてやるよ……
「え?」
穏やかな口調とは裏腹にラクレスはリアナを手に取り……その力を解放する。
【起きろ、リアナ】
勇者の言葉と同時に、空に雷が登った。
「なっ……なんだ、それは……」
それは天を衝くほどの巨大な雷の剣。
巨人どころか、国一つ両断ができそうなほど巨大な刃は、勇者が今まで誰にも見せたことのない本気の一撃であった。
「……特別だぞケイロン。この一撃は魔王すら見たことのない僕の本気の一撃だ」
「ほ、本気だと? な、なんで今更……その力、隠してたのか?」
「隠してなんかないさ……だけど、これを使う必要がある相手なんて今まで一人もいなかったってだけだ」
「う、うそだ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ‼︎ そんなはずない‼︎ 勇者が、こんな強いわけ……だって、魔王にすら本気を出す必要がないなんて……そんなこと」
懇願するように、嘘であってくれと願うようにケイロンは悲鳴に近い言葉を垂れ流すが。
ケイロンが、正真正銘最強の怪物を怒らせた事実は揺るがない。
「誇れよケイロン……お前はセレナに手を出して、あまつさえ彼女を侮辱した。あぁ、正真正銘、僕を本気で怒らせた世界でたった一人の大馬鹿野郎だってな‼︎」
「なっ! うわああああぁ‼︎ リヴァイアサン‼︎ リヴァイアサアアアアアン‼︎?」
助けを求めるように、勇者を殺すように命令を下すケイロン。
だが、魔王程度の力しか持たない海蛇など……本気になった勇者にとって物の数ではない。
【
放たれた一閃は渾身の力を込めた一撃であり……その一振りで10体のリヴァイアサンは一瞬で蒸発し。
200年ため続けたケイロンの命のストックは、その一閃により底をつく。
「……わ、わ、わ、私の命がああああ……200年の……まりょ、魔力がああああああああああああああああ!?」
可視化するほど膨大な魔力の塊はその一線により霧散し、空へと消える。
ラクレスはその魔力を見送ると、乱暴にケイロンの髪を掴み強引に引き寄せ殺気を叩きつける。
それは……今までケイロンが見たことのない……最強の勇者が放つ強大にして明確な殺意であった。
「思い知った? 君たちとは、桁が違うんだよ
「ひっ……!?」
声にならない悲鳴を上げるケイロン……。
それと同時に彼の手から不意打ち用の銃がこぼれ落ちる。
エルドラドよりも巧妙に隠されてはいたものの、そういう可能性がある……とさえ分かっていればラクレスの目をごまかすことは不可能であった。
彼はここにきてようやく自らの過ちに気が付く。
勇者ラクレスは、何をされても怒らないわけでも、感情が欠落していたわけでもない。
ただ誰よりも我慢強くて……誰よりも心が広いだけだったのだ。
だからこそ、そんな彼の逆鱗に触れた彼に命が一つ残ったのは、まさしく奇跡に等しい。
「こ……あ……これが……勇者」
膝の力が抜け、ケイロンはその場に崩れ頭を垂れる。
圧倒的な存在を前に為す術もなく許しを請う様に。
そのつもりはなくとも、体は自然にその姿勢を作ってしまう。
カタカタと震える姿はまるで子犬のようで、先ほどまでの狡猾さは露と消えていた。
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